泡が七十七 ページ27
「赤城さん、私は彼方を好きになることはできないわね」
訓練室から部屋に戻る途中、Aは唐突にそう切り出した。
「いきなりですね。何か気に食わない事でもございましたか?」
「否、別に。ただ何となく四年前の事を思い出しただけ。彼方の顔を見るのも四年ぶりだから」
部屋に軟禁されていたに等しい彼女が仕事の話を聞くのは、主に扉を挟んでだった。
仕事は中原に誘導されて行っていたので、彼女が彼と顔を合わす機会はこの四年間無かったのである。
「それで、如何されたのです?以前の私と違った事でも有りましたか?」
「否。彼方には何も変化がない。逆に其れがおかしいのよ」
Aは歩みを止め、赤城に真っ直ぐ向き直った。
「私が四年前、脱走を成し遂げる事が出来たのは彼方が教えてくれたからよ。あの人が其の事に気付かない筈がない。だというのに、彼方は依然私の伝言係なのよ」
「其の事についてはお忘れになったのでは?」
「すっかりね。当時は感情の整理が付かなくて、本当に頭から抜けてたけど、此れ程可笑しな事はないわ」
「貴女の異能を以ってしては防ぎようの無かった事だと判断されたのでは?」
「真逆。そんな事許す様な人じゃない、あの人はね。抑も、ああも都合良く都合の良い異能を持った彼方がいるものだろうか?其れに彼方が意味もなく危ない賭けに出るとは思えない。全部あの人が仕組んだ事でしょう」
「私は偶々其処に居て、貴女の事情をよく知っていたから同情したと云えば?」
「有り得ない。そんな薄弱な理由はあの人に見つかって潰されて終わりね」
赤城は暫く考え込んだ。
表情は無く、思考を読むのは難しかった。
「……だからと云って、何故貴女に嫌われるのでしょう?」
「単純よ。彼方があの人に忠実だからよ」
「四年前の恨みでは無くてですか?」
「ええ。彼方のあの行為がなければ、私は今頃如何なっていたか判らない。それに、あの人にどんな思惑があったかも知らないの。私が脱走したという既成事実で組織に閉じ込めようとしたというのは考え難い。手間が掛かるし、外に出た時点で違反なのだから態々行きたい処迄行かせる必要はない。若しかして、若しかしたら……否、其れは有り得ない話だわ」
苦く切ない笑みを漏らしたAを見て、赤城は小さく微笑んだ。
「本当に大きく成長されましたね。小さな反抗心は未だ残ってるみたいですが」
赤城は、いつか見た、誰かにそっくりな親の様な優しい目をしていた。
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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時