【実況者】短編 (ページ1)

今日:3 hit、昨日:1 hit、合計:1,338 hit

【男主】俺は知っている【ky】1/2 ページ1

『お水、飲む？』
「ん…」

ベッドを立ち上がった背中を見送るついでに視線を部屋に張り巡らす。

ニトリの薄いベッドカバーに、背の低い冷蔵庫。
キッチンに佇むパイプラックにはインスタント麺が積み重ねられている。

この部屋にある唯一の扉の向こうにはトイレと風呂が同じ空間にある。
ここから全てを見渡せるワンルームの部屋はまさに男の一人暮らしを体現したかのようだった。

ほとんど中身が入っていない冷蔵庫からお目当ての物を探すのは簡単なのに、わざわざしゃがみこんでいる背中からはさっきまでの熱は感じられない。

戻ってきたAの両手にはペットボトルではなく、わざわざコップに注がれた水。
そしてコップが2つある理由を俺は知っている。
その次に聞かれることも。

『冷たいのがいい？常温がいい？』
「冷たいの」

そしてこいつも俺がこう答えるのを知っている。
それでもこのやりとりは形式的に幾度となく繰り返されている。

ベッドにうつ伏せに寝たまんまコップを右手で受け取ると、左腕で少し体を起こしてそのまま冷たい水を一気に身体の中に流し込む。
口の両端から態とらしく溢れた水が俺の喉を伝う。
胸元の布団がじんわりと濡れていくのを感じて少し不快に感じた。

Aは俺のそんな様子を見て微かに笑い、常温の水を飲むのもいつものこと。
もし俺がコップ全ての水をひっくり返してもこいつはきっと怒らない。

コトが終わった後、肩までかけてくれる薄手のブランケットも今は横たわる俺の腰に申し訳程度に乗っている。
いい、と言ってもこいつは何度でもかけなおしてくれる。
その動きに慣れはあれど、未だに乱雑さは微塵も感じられない。
その手がなんとなく嫌いじゃなくて普段より多く寝返りを打つ俺を、ただ落ち着きがないやつだなと思っているんだと思う。

意識的にやっているのか無意識か。
こういう細かい気遣いが男女問わずこいつが大学内でダントツに人気な理由の1つであるコトは容易に想像できた。

その実際はほとんどが光を盲信的に渇望する電灯に群がる蛾のようなモンだが、俺も周りから見たらその内の1人に過ぎないか、と早々に考えるのをやめた。

俺もまた、自分だけは特別だと思い込みたいだけだ。