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『…』

そっとリビングの扉を開けて覗き見る。廊下は寒いから早く入りたいけれど、昨日の今日で平然とできるほど私も図太くない。察するに今は出払っている者が多いようだ。シンと静まり返ったリビングからは物音がしない。
その事に安堵して強ばった身体から力が抜ける。これ幸いとドアノブを捻りそそくさと部屋に入ろうとした。

「おい」
『ミ゚ッ』

突然音もなくやって来た葛葉。驚きのあまり私は声にならない悲鳴をあげた。文句を言ってやろうと振り返ろうとする。
が、それは叶わなかった。

「さみぃ…早く行け」

鼻を赤らめた葛葉が私の首元に顔を埋めた。寝起きで掠れた声の彼はそのまま脚を動かし始める。肩から腕をまわされているから私もなすがままに歩くしかない。ペタペタと鳴る彼の素足にそりゃ寒いでしょうよと呆れて溜息が出た。

「仕事は?」
『お昼から』
「んで早くから起きてんの?馬鹿なの?」

大して早い訳でもないのに信じられないと言った声色で葛葉が言う。見なくてもあの態とらしく目を丸くした表情が目に浮かぶようだった。

『緑仙のせいで起きちゃったの』
「…あ?」
『鍵 針金でこじ開けて入ってきたんだよ…
ありえなくない?』

歩みが止まった葛葉。同意を求めようとするもまた叶わなかった。まわされた腕に力が込められていく。彼の柔らかな髪が肌に当たって擽ったい。

『苦しいって』

細腕を叩いて訴えると漸く葛葉は力を抜いた。するりと解放され身体に自由が戻る。何も言わない葛葉を振り向き顔を覗き込む。
彼はどうしてか拗ねたような怒ったような…
とにかく不機嫌なのは明らかな顔をしていた。

『え、何その顔』
「別に」
『言いたい事あるなら言えば』
「…お便所ッ!!」

メ○ちゃんかよ、とツッコむ前に葛葉はリビングから姿を消した。派手な音で閉められたドアに目を白黒させる。

ここに来て以来葛葉があそこまで距離を詰めて来たのは初めてで正直戸惑った。と言うかほぼゼロ距離に自分からなるなんて珍しいとかいう騒ぎじゃない。体格やら力の差やら、いつもは感じない“男”の面に触れてしまってソワソワした。
これはあれだ。兄弟に彼女が居るのを知った時のあの感覚。
私兄弟いないけど。
結局何がしたいのか分からなかったが、解放されたのでまぁよしとしよう。

キッチンへ移り冷蔵庫を漁れば、私の関心はすぐに葛葉から食べ物へと移ってしまった

終わり ログインすれば
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作者名:かんか | 作成日時:2023年12月11日 16時

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