素敵な夢と一夜のお話【wrw/rd!】 (ページ9)

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私の上司はいつも. end. ページ9

こんなに彼が酒を飲むのは初めてなものだから、そろそろ止めないといけないと思った。しかしその目から零れる涙を見るとどうしても私は何も言えない。このまま酒に溺れて忘れさせた方が幸せなのかもしれない。でも、いやしかし。私はこんな状況に出くわしたことがないものだから、思うように酒も進まなかった。彼はもう何杯目かも分からない酒を飲み終えて口を開く。

「俺のせい、なんだろうか。」

「違いますよ、仕方ない事だったんです。どうしても人と犬じゃ…」

私はそれ以上の言葉を詰まらせた。これ以上言うのはきっとだめだ。そっと言葉を飲み込んで、飲み込んで立ち上がる。

「そろそろ帰りましょう、貴方が飲み過ぎたらきっと心配で成仏も出来ませんよ。」

彼は無言で俯いた。地雷を踏むのではないか、と緊張の糸は解けず絡まっていく。

「終電も無くなりますし。帰りましょう。」

「前。」

私の言葉に被せるかのように、彼はぽつりと言葉を紡ぐ。

「俺が飲みすぎた時に、あの子はズボンの裾を引っ張って止めてくれた。」

会計へと進む足が止まる。

「頑張って空のコップを運んで来てくれた。」

ひとつ、またひとつと思い出を零す。

「これ以上は、心配させてしまうな。」

儚い笑顔を浮かべる。

「すまない、A。帰ろうか。」

それはたしかに私の名前であるはずだけれど、どうも私以外の者に宛てた言葉にしか聞こえなかった。私は諭吉さんをカウンターに置き、レシートと共に小銭を受け取る。彼は明日金は返すから、と謝ってきた。
もう終電は無い。こんな状態の上司を放っておけるほど非情な部下でもないので、私は取り敢えずタクシーを呼ぶ事にした。

何回目だろうか。彼の家に来たのは。
結局心配でついてきてしまった。家は少し散らかっている。多分、片付けをしていないのだろう。綺麗に収納された玩具とご飯がどうしても目に付いてしまう。ブラッシング用のブラシも、犬用の石鹸も、意識してしまえば溶け込んでいるはずの彼女のモノが沢山見えてくる。
そりゃあ、辛くもなる。けれど、私にはどうすることも。

彼はコップに水を汲むとごくり、と飲み干した。

「本当に迷惑をかけたな、A。私はもう大丈夫だ、心配する事は。」

「私は貴方が心配です。私は…」

貴方が好きです。そんな弱みに漬け込んだ言葉を言えるはずは無い。私は、そこまで卑怯には。

「私は貴方の部下ですから。」

彼はありがとう、と零した。
彼は本当に彼女を愛していた。