ひたりとした温度 ページ30
腹が裂かれ縫い直されている
剣持のその言葉にその場にいた全員がぬいぐるみの腹に目をやった。見れば確かに白いサメの腹は縦に真っ直ぐ裂かれた跡があり、それは丁寧に同系色の毛糸で縫い合わされていた。
1本の裂け目を行き来するように縫われたサメはまるでホラーゲームの小物のようで、ひまわりの隣に立つ月ノが顔を顰める。
「これは…鮫島さんが、やったんでしょうか」
「…なんじゃないですか。ほら、強く握るとなにか中でカサカサ音もしますし」
剣持がそう言ってサメのぬいぐるみを何度か握って離す。すると剣持の手の動きに合わせて中で紙が潰れるような音が微かになっているのがひまわりにも分かった。
「…切って、みますか?」
月ノの問いかけ。
その場の月ノを含めた4人全員が、微かに頷く。
「ひまちゃん、ハサミの場所は分かりますか?」
ひまわりは剣持にひとつ頷く。
たしか以前来た時ひまわりの解けてしまったニットの毛糸を処理してくれて、ハサミはその時デスクの引き出しから取り出していたはずだ。あれから鮫島が収納場所を変えていなければ今もそこにあるはず、とひまわりは鮫島のデスクに近づき手をかけた。
木材の冷えた冷たい温度。
引き出しの取ってから伝わってきたそれにひまわりの手のひらは鮫島の体温を思い出す。
四季を通して鮫島の体温は通常よりも低く、夏場などにはひまわりはその冷たさを求めてよく鮫島の手を借りていたのだ。鮫島はそんなひまわりを拒むこと無く笑ってされるがままになっていた。
そんな日常がふと、脳裏を掠めひまわりはデスクに手をかけたまま停止した。
それと同時にひまわりの鼻腔を部屋に充満する鮫島の残り香が刺激し始めた。正しく言えば部屋に入った瞬間からひまわりは鮫島の姿をこの空間に見ていた。
デスクに向かい作業をする時、左利きであった鮫島は必ず椅子を右によせる。マウスはモニターの裏側に仕舞われる。次の日に着る服はドアの後ろにかけてある。
そんな鮫島の癖を事細かに知っているひまわりだから鮫島が暮らしていた痕跡がありありと残るこの部屋ははまだ、鮫島が住んでいるのでないかと、今にも扉を開けて「あれ、皆して何してんの?」と不思議そうな面持ちで首を傾げるのではないかと。
そう、思ってしまうのだ。
咬くんは、今どこにいるんだろう
「…本ひま」
「っ!」
ひまわりの思考は、葛葉のやに冷たく静かな声で打ち切られた。
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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月9日 15時