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虚空の教祖様 ページ18

「刀也」

畳の上に敷かれた布団に潜るようにして横たわっていた剣持は自分の名前を呼ぶ声に緩慢な動作で起き上がる。声の方へ視線を向ければそこには剣持の実の兄が湯気を立てる皿を盆に乗せて立っていた。

「…食べたくない」

ガサリとした音が出た。

剣持はその皿に入っているのが病人用に作られたドロドロの粥ということを知っていた。目の前にいる兄がそれを自分のために作ってくれたことも。

腹が空いているかと聞かれれば空いている。ここ2日ほどロクに食事を取っていないのだから当たり前だ。それでも剣持の喉と胃は剣持が食事によって生力を得ることを良しとしない。白く暖かそうな粥を前にしても剣持の食欲は増す所か吐き気までしてくる気がした。

「んなら水だけでも飲みな。あと熱」

無意識のうちによっていたらしい剣持の眉間のシワを伸ばすように親指でそれを撫で付けながら兄が言った。それを言う兄の表情は熱でぼやけた視界には捉えることが出来ず、ゆらゆらと揺れるばかりで定まることをしない。

「ありがとう」

剣持はそう言って兄の手から水の注がれたコップと体温計を受け取る。それらは剣持の体温に比べるとやけに冷たく、自身の体がまだそこそこに熱を持っていることを剣持は薄らと理解した。


剣持は酷い風邪をひいていた。
熱は1番高い時で39.6まで上がり、4日たった今も37.6の熱を燻らせている。体は重だるく、頭の中はホイップクリームみたいにぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。

原因は明確だった。

あの日、剣持の心は紙風船を潰すみたいにくしゃりと壊れた。鮫島咬という人物は剣持がVTuberになり得た理由であり、自信が活動していくにあたって指標となる人物であった。VTuberとしての「剣持刀也」はキズナアイや月ノ美兎、並びに鮫島咬によって構築されているのだ。
根底にあった何かがだるま落としのようにすっぽ抜けた。

その日から、剣持は毎晩0時になると自身のチャンネルの配信ボタンを押すようになった。0時から配信を開始して3時間4時間、長くて5時間。リスナーに「もうやめてくれ」と何度も頼まれた。それでも剣持は配信を続け、その口を回し続けた。

僕が、やらなくては。

次第に視聴者数は数を落としていき、遂に1万を切った時、会社から直々に「休養」を与えられたのだ。
途端、今まですり減らした精神の糸がぷっつんと切れ、剣持は床に伏せた。

「…正しく居るにはどうすればいいんですか」

剣持の中の北極星は光ることをやめてしまった。

努努忘れる事勿れ→←銀髪のアイツ



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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月9日 15時

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