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リビングの扉のドアノブに手をかけて、ためらった。

リビングにはオレンジ色の照明がとうとうと灯っているから、お母さんがこの扉の向こうにいることは確かで。普段ならば仕事で遅いはずのお母さんがいるのは私がちゃんと話したいとメッセージを送ったからで。けど、私の心臓はバクバクとうるさく鳴っている。
なんで家族と話そうとすることに、ここまで緊張しているのだろう。血の繋がっていない刀也くんと話す時のほうが気が抜けているくらい。

ふと、別れ際、少し真剣な顔をして頑張って、と言ってくれた刀也くんの顔が頭に浮かんだ。そうだ、頑張らなくちゃ。せっかくの機会なんだから、ちゃんと。
ドアノブを捻って、

「…お母さん、ただいま」
「お帰りなさい」

疲れたでしょう。紅茶はいってるから、座りなさい。
ダイニングの椅子から立ち上がった母さんがそう言いながら私の席を引いてくれる。

「…ありがとう」

素直に腰を下ろせばお母さんは安心したみたいに笑った。

「…あのね、今日、話したいのは…」
「A、ご飯ができてるの。寒いからシチューにしたの。食べたいよね、今準備するからね」

今度は一転、怯えたような引き攣った笑み。
あぁ、そっかお母さんも、怖いんだ。決して手放しに仲のいい親子ではなかった事を、お母さんも知らないはずはなくて。…私と、一緒なんだ。

そう思った途端、体から余計な力が抜けていった。

「…ううん、まず、話したい。ちゃんと、話したい事があるの」

じぃとその甘栗色を見つめれば、数秒後にお母さんは諦めたように、ふぅ、とため息をついて私の向かいに腰を下ろした。

「…ごめんね、Aから話がしたいなんて、初めだから少し緊張して、」
「大丈夫、ごめんね急に」

ぎこちない会話。

「…私ね、お父さんがいなくなってから、毎年、この時期に眠れなくなるの」
「…ぇ?」
「寝るとお父さんが離れていく夢を見て、起きちゃうの。何回も何回も、何回寝ても起きちゃうの。去年、もう寝なければいいんじゃないかって思って、でも睡眠不足で倒れちゃって、」
「ま、待って?それは、あの人がいなくなってから、ずっとなの?倒れたって、なに?私何も聞いてない、けど…ずっと、黙ってたの?」

お母さんの震える声に、頷く。「嘘でしょ、」なんて小さな呟きが聞こえて、思わず「ごめんなさい」と謝れば、釣り上がった瞳が私を射抜いて、それからゆるゆると下がっていく。

「ううん、Aは、悪くないよね、ごめんね、お母さん混乱して、待ってね」

取り乱すその姿に、私はちゃんと愛されていたのだと安心した自分がいることに、少し恐ろしさを覚えた。

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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月2日 17時

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