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「Aさん」
放課後になったというのに未だ人の多い教室で小説を読んでいた私はその声に顔を上げた。
「お待たせしました」
「全然、小説がいい具合に読み進められたよ」
「あれ、もしかして皮肉?」
「あはは、さすが学年2位」
「喧嘩か?」
「負ける気しかしないからやめとくね」
刀也くんは「今日はAさんのテンションが高いな」なんて嬉しくてたまらない悪戯いたずら小僧のように笑う。そのくち元に添えられた手に心臓がきゅうと鳴いて、思わず胸を抑える。
自分が、あの優しい温もりを求めていることは明白だった。どうしました?と首を傾げる彼の顔よりも、その手に視線が吸い寄せられる。
だめだ、普通にしないと。
そう思ってなんでもないと笑ってみてもやはり芯の冷えた体は一度知ってしまった温度を追いかけてしまう。ふるふると軽く頭を振ってそれを振り払おうとすれば寝不足の頭がぐらりと揺れる。
あぁもう悪循環
理性も判断力も弱った頭を心の中で殴りつけ、今度こそ彼の顔を見て、行こうかと、言おうとしたんだけれど…
「…Aさん、行きましょうか」
「っえ」
するりと、右手に何かが触れた。
「と、とうやくん、手…っ!」
「うん、」
なんで
聞くまもなく刀也くんは歩き出す。それに釣られて教室から出れば、当然、視線が集まった。
私と彼が通る場所が、一定間隔でざわめく。なにをボイスウェーブ起こしているんだ。
周りをキョロキョロと見渡してはうつむき、また周りを見渡す。それを繰り返していれば、あっという間に下駄箱までやってきてしまって。私と彼はクラスが違うからもちろん下駄箱の場所も離れている。しかし、彼は手を離す気配はなく、どうするのだろうと首を傾げる。
ぴたり、歩みを止めた刀也くんは教室を出てから前を見続けていた頭を私の方へ向け「離す?」と、ただそれだけ。
思わず、首を横に振った。
「ん」
一音を小さく落とし、私の手を引く。されるがままについていけば、彼は自分のクラスの下駄箱に向かい空いた手でその一つを開く。
上靴を脱いで、外靴を取り出して、上靴をしまって、外靴を手に持って。靴下になった足のまま私のクラスの下駄箱へと向かう。ひたひたと靴下でしか鳴らない足音が廊下に反射する。
その間、ずっと触れ合ったままの手のひらでじんわりと体温が混ざり合って、私が外靴を履き終える頃には二つの体温は一緒くたになっていた。
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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月2日 17時