肆拾捌 ページ21
行動しない男を訝しく思いながらも警戒を解くと、男は口元を緩ませる。
警戒を解くのを待っていたのか?
男の読めない行動に狼狽えた。
「よくそんな状態で此処に居れた物だな。このままだと此処の自警団が動きかねない状況になるかも知れぬぞ」
此処数年、妖力の制御がし難くなっているのは確かな事だ。それをこの男はすぐに見破った。
嫌なタイミングで己よりも格上の妖に目を付けられたらしい。これは非常にマズイ。
少しずつ後退りし距離を取ろうと試みる。
ふと、男の方に視線を向けると、さっきまで隣にいた女がいない。
「動くな」
如何してと考える前に、女が俺の真後ろに立っていた。頸には針で刺した様な痛み。何かを突き付けられている様だ。
男は「あまり脅かすなよ、此処は宝条の膝下だからな」と宥める。女は舌打ちをし、突き立てていた物を引いた。動作を見る限り、突き立てていたのはどうやら爪らしい。
男は少し肩を竦めながら謝罪する。それなのに男の表情は先程から変わっておらず、双眼は常に俺を捉えていた。
「彼奴はすぐに手が出る。今度キツく言っておくから、今のは水に流してくれぬか」
「小僧が逃げようとしたからだ。私は何も悪くない」
「時雨」と強い口調出るんだ叱る男だが、女は何処吹く風の様で男の顔を見ようともしない。随分と温度差がある二人らしい。
暫くして、男は折れたのか溜息をついた。その一方で女は依然として態度を頑として変えはしなかった。
「まぁ、良い。話を戻すが、随分と心身共々参っている様だな。なぁに、少々気になったのでな」
男は再び煙管を口に付ける。
女は未だ俺の後ろで退屈そうに傘を回す。
「……まぁ、色々あったんでね」
「ほう? 何だ、女にでも逃げられたか?」
興味を示した様で、男は紫煙を吐きながら目を細めた。
女関係である事には間違いではない。しかし、逃げていった訳じゃない。
只、数十年経った今はそうであるのかすら分からなかった。茜は手紙すら寄越していないからだ。
男はそれを察したのか、質問についての答えを深追いしてくる事はなかった。
「しかし、どの道その瘴気を抑えねば、それに取り込まれるぞ」
「!?」
この一言に鳥肌がだった。身に覚えがあったからだ。
曖昧な記憶。
焼け落ちた家。
縁を切ったままの家族。
今も生々しく呼び起こされた鮮明に写すあの光景が、数百時を超えても目に焼き付いて離れない。
あの瞬間、俺は己の本能のまま破壊活動をしたのだ。
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作者名:十二月三十一日 | 作成日時:2017年3月18日 1時