第八話 ページ10
「ただいまー」
家に帰ると、久し振りにクーラーの涼しさを感じて、思いきり伸びをしたくなる。隣で「あぁぁあ…」とか言ってる気持ち悪いお兄ちゃんは放っておこう。
最近は、お兄ちゃんも私も随分と有名になったし、お母さんに楽をさせてあげられているかな、なんて思っている。リビングには、趣味だ、と言って編み物をしているお母さんがいた。数年前はそんなこと言ってなかったのに。
「着替えに来たよ」
お母さんの目元の笑い皺が深くなる。
「お友達と遊びに行くの?」
私がうん、と言う前にお兄ちゃんが口を開く。意外だ。
「あぁ。なんか、買い物とかあるか?ついでだし、買ってくる」
お兄ちゃんにしては、随分と殊勝なことだ。
やっと外に出られるようになったし、今までの埋め合わせをしよう、なんて考えているのかも知れない。
「じゃあ、人参と玉ねぎ、あと、ジャガイモも買って来て貰おうかな」
今日はカレーだろうか。わかった、と言って、ひとまず着替えに自分の部屋へ行く。
部屋に入る時、お兄ちゃんに「さっさと出て来てよー」と声を掛けた。この涼しさに慣れるともう一度外に出るのは難しいだろう。
さて、と私はクローゼットを開けて、お気に入りのセットを取り出す。七分丈のジーンズ、薄手で桃色をしたパーカー、Tシャツ。左胸の辺りには「心ノ臓」のプリントがある。
それから、ポケットに財布とスマホを突っ込む。オシャレなバッグなんて、私は持ってない。
ここまで掛かった時間は大体5分。およそ女子が身支度にかけるそれではない。短すぎる。
見栄のために部屋でお兄ちゃんを待つが、一向に来ない。痺れを切らしてお兄ちゃんの部屋に勝手に入ろうとノックしてドアを開けると、お兄ちゃんがパソコンを立ち上げていた。
「何やってるの…?」
いつもなら言い返してくるお兄ちゃんだが、今はパソコンの前でしきりに首を捻っている。
「エネが居ねぇ…」
心配というより、ただ不審がっている。
「お兄ちゃん、もう出ようよ。皆待ってるよ?」
お兄ちゃんは、そうだな、とパソコンをシャットダウンさせ、椅子に掛けてあったジャージを羽織る。
それから部屋を出て、リビングの方へ行き、ドアを少しだけ開けて二人で「行ってきます」と言う。
「行ってらっしゃい」
お兄ちゃんは少し照れ臭そうにしている。
玄関のドアを開いて、外の光の強さに目が眩む。そのままで駆け出すと、お兄ちゃんがやれやれ、と溜め息を吐くのが聞こえた。
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作者名:一夏 白 | 作成日時:2017年10月12日 7時