385話 ページ48
オ「それが彼の真実だから、彼はその声に応えるべく必ず立ち上がる。いかなる呪縛をも断ち切って、彼は必ず立ち上がる________」
オイボレの言葉には強い想いがあった。燕は落人群を出た後、街の方へ戻ろうとしている途中、小石に躓いて転んでしまう。
燕「弥彦…君…剣心さ……ん…」
涙がこばれ落ちる中、突如として突風が燕の後方から吹く。顔をあげ、吹いてきた方を見ると燕は顔をパアッと明るくした。落人群では隈がオイボレに酒の入った枡を渡し、隈自身は欠けた椀に酒を注いだ。
隈「ホラよ。とっておきだ。こぼすなよ」
オ「ホホ。有難や、有難や。そうだ、隈さんには、一つ、礼を言わんとのう」
隈「あ?」
オ「あの娘子をここまで入れてくれてありがとな。隈さんが童女趣味とは知らんかったが_____」
余計なことを言うオイボレに、隈は思わず酒を吹いてしまう。
オ「違うんか?」
隈「あたりまえだ!!女房が連れていっちまった娘が丁度、あの位だからよ。ちと気まぐれに「善い人」してみただけさ…大体、あんたが趣味がどーの言えるクチかよ」
オ「ホ?」
隈はオイボレがかぶっていた麦わら帽子を外すと、髪が簪でまとめられていた。
隈「白梅香といい、このカンザシといい、ジジイの女物趣味なんて、気持ちいいもんじゃねェぞ」
オイボレはそう言われると簪外すが、その目には懐かしさと寂しさがあった。
オ「ホホ、そうじゃのう_____…御馳走様。さて…儂はそろそろ行くかの」
隈「オイ。行くって、どこに行くんだよ」
オ「京都。久し振りに娘が恋しくなってしもうた」
隈「なんでえ。オイボレ、帰る家、ちゃんとあるのかよ」
オ「いや、墓参りじゃよ」
その言葉を聞いた瞬間、隈は驚き、咥えていたタバコを落としてしまう。
隈「もしや、そのカンザシ、娘サンの形_____」
オイボレは何も言わずに目を細める。それを察した隈はそれ以上の言葉を続けなかった。
隈「…いや、何でもねえ。で、どんくらいで帰ってくる?」
オ「そうじゃのう。まあ暫くは向こうにいようか…大きな街には、必ず、ここの様な掃溜めの群があるから、今度はそこに世話になるさ」
隈「そうかい…まあ、あんたは誰彼、分け隔てなく優しく出来る奴だから、どこへ行ってもやっていけるよ」
オ「ホホ。まあ、昔から文武はからきしで、それだけが取り柄じゃったからのう」
隈「あんな侍にも優しかったしな」
オ「彼は、特別だから」
オイボレ自身の娘の最後を看取った夫であったから______その言葉には深い感情があった。
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作者名：つっさん | 作成日時：2021年2月24日 16時
