もう一人の人斬り玖 (ページ5)

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392話ページ5

左「男だったら、拳を振りあげるが当然。それを、物かげでこそこそ隠れるくれェなら、背中向けて逃げる方が敵に姿を見せるだけ、まだマシってもんだ」
右「助けてくれたり、暴力振るったり、あなたは一体どっちの味方?」
左之助は酒処の引き戸を開けながら返事をする。
左「何言ってんだ。敵も味方もねェだろ。あんたらの事情なんざ、全く知らねェんだからよ。俺はウサ晴らし出来れば、それで良かっただけだ。勘違いも程々にしとけよ、半デコ」
左之助がそう言って扉を閉めると、周囲に居た人々はザワザワと噂し始め、名乗りかけた少女は顔を真っ赤にして悔しそうに反論する。
右「うるさい!ウチの父さんとあんなのを一緒にするな!あと、半デコはやめろ!帰ろう、央太!」
夜、左之助はあれ以降全く場所を移動しなかった。
「お客人、もう閉店だよ。ちょっと、聞こえてるのかい。そろそろ、勘定払ってくれよう」
店主にそう言われても、左之助は返事をしようとはせず、Aの死に姿と落ちぶれた剣心、そして出ていく直前の弥彦の姿が、入れ替わりに思い出す。
左「見届ける…までもねェだろ…」
「お客人、勘定!」
不「主、その勘定は、儂のツケだ」
昼間の不動沢がチンピラを複数人引き連れて、店に来る。店主は慌てた様子でその場を離れる。
不「よう。探しちまったぜ、若いの。まさかまだ、ここで飲(や)っているとは、大した飲みっぷりだ」
左「なんだ、Ｍッパゲじゃ。いいぜ、昼間の続きなら大歓迎だぜ」
左之助は体を起こして、不動沢に向く。
不「違う違う。「気に入った」と言ったはずだぜ。左之助サンよぉ。比留間から聞いたよ、あんた。東京じゃ名高い喧嘩屋だったんだと?どうりで、バカ強ェはずだよ。ここには湯治かい?それとも遊山?」
左「…別に。足の向くまま歩いていたら、昔、暮らしてた場所に出くわしただけさ。もっとも暮らしてたと言っても、俺がいた頃は、これ程、町も開けてなかったから実感なんか湧かねェし、そもそも、勘当同然の身なんで、帰る家もねェがな。んなコトあどうでもいい。意趣返しでねェなら、俺に何の用だ」
不動沢はそれを聞いて、ニヤリと口角を上げる。
不「そうかい。あんた、ここの出かい。なら、ここいらで一番金になるのは、何か知っているか?」
左「絹糸だろ。ここの出なら赤ン坊でも知ってらあ」
不「その通り。ここいらは昔から腕のいい養蚕家が多く、上質な絹糸がよく採れる」