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何も知らない8 ページ10

終業のチャイムが鳴り、家へと向かう。

いつもよりその距離が長く感じたのはきっと、早く会いたいと思っているから。

「ただいまー。」

そう言って返事を期待した。

でも、何も返ってこなかった。

玄関には私の靴しか無くて、当然、私の声に返してくれる人などそこにはいなかった。

走って、机の上を見る。

そこに置かれた無情な紙には、書かれていた。


『ごめんね。』


ぼろぼろと涙を流す。

これまで押し潰してきたものを全て吐き出して。

止め処なく、流し続けた。

「・・・帰ってきて、くれるって、言ってた、の、に」



その日、おにいちゃんが帰ってくることはなかった。

赤くなった目を擦りながら、また夕食を作る。

食べてなどもらえないのに。

二人分用意したカレーを、独り、無理矢理胃に流し込んだ。

静かだった。

今朝とは比べ物にならないくらい。

刹那。

どこからか、携帯が鳴った。

私の携帯の着信音ではない。

辺りを見回すと、ソファの下に落ちているのが見えた。

「・・・おにい、ちゃんの携帯?」

どうしようか、と悩んでいるうちに電話は切れてしまった。

肩の力を抜いたその瞬間、

再びそれが鳴り始めた。



反射でそれをとり、耳元にあてた。

「も、もしもし。」

『ん?君は誰だね。』

聞こえてきたのは低い声。男性の声だ。

「だ、太宰Aです。あの、この携帯、おにいちゃ、いえ、兄のものなんですが置いていってしまったようで。」

『なるほど、それでは君が?』

「えーと?」

何かを呟いたようだったが、聞き取れずに聞き返す。

『いや、何でもない。それより、Aちゃんといったね。私は、君のお兄さんの仕事場の上司だよ。ちょうど、君のお兄さんは出かけているんだが、このままでは困るだろう。』

『そういうことだから、Aちゃん。持ってきてくれるかな。』

「は、はい。え、と、学校もあるので、終わり次第そちらへお伺いします。」

住所を受け取り、電話を切った。

少しだけ、おにいちゃんのことを知れたような気がした。

机の上に携帯を置くと、自分の部屋へと戻り、眠りに落ちた。

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作者名:詩織 | 作成日時:2016年11月6日 11時

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