揺らめく目の女【沖田総悟】

50.鈍る決心 ページ2

今、彼はなんと言ったか。

私の聞き間違えでなければ、"それでいいぞ、呼び方"と言っていたはずだ。


それはつまりーーー




「......本当に良いんですか？嫌なら無理しなくても...」


「俺がそんなくだらないことに無理なんかすると思うか」




...まあ、確かに。
彼だったら嫌悪感を感じた途端すぐに拒否しそうだが。


(ってことは、嫌ではない...のね？)





「...トシさん」


「なんだ」


「折角だから私のことも名前で呼んでください」




なんで俺がという顔をしたトシさんが何かいう前に、神谷って苗字呼ばれるの、あまり好きじゃないんです。と伝えれば、途端に気まずそうな顔をするトシさん。

苗字で呼ばれるのが嫌、という感情は幼少期の彼にもあったのだろうか、その顔は私に対しての罪悪感に溢れている。





「...悪い、苗字で呼ばれるのは嫌だったよな」





そう言って少し悲しそうに目を落としたトシさんを見て、少し胸がツキリと痛む。


(正直、苗字が嫌云々は建前に過ぎないんだけどね)


何故だろうか、この人は謎の包容力を感じる。それは上司と部下、2人の問題児を抱えることによって生まれたものであるのか、それとも生まれ持った性分ゆえなのか定かではないが、それが私にはひどく心地よく、手放しがたいものだったのだ。


(嘘ついてるみたいで気がひけるけど、苗字で呼ばれたくないのは本当だし、やっぱりトシさんには名前で呼んでもらいたい)



だから、仕方ないよね...？


そう自分に言い聞かせるも、彼の悲しそうな横顔を見ていると段々と決心が鈍っていくのを感じた。

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