人たらしの本音を探るのは砂漠で一粒の真珠を見つけるくらい難しい（五条） ページ14
夕飯の時間になったが、Aはどこか元気がないように見えた。
おそらくさっきの電話のせいだというのは簡単に察しがつく。
「夕食のほうのお味はいかがでしょう？」
「あぁ、最高に美味しいです。流石、旦那さんのチョイスだ。お酒が食事に完璧にマッチしてる。やっぱりセンスいいですねぇ旦那さん」
「気づいていただけましたか……！」
俺たちが夕食を食べ始めて少し経った頃あたりから、旅館の旦那が俺たちの席から一向に離れようとしない。
食いづらいんだけど。
人たらしモードに入ったAは隠すのが上手い。
さっきまでの少しどんよりした空気が今や微塵も感じられない。
「ご馳走様でした。どの料理も、とても手を込んでいただいて美味しかったです。こんなに手厚くおもてなししていただいておいて申し訳ないんですが、少し気分が優れないので、私はお先に失礼いたします」
「それは、心配ですね……よろしければ私がお部屋まで、」
「俺がついて行く」
俺は立ち上がり、Aの体を支えるように肩を持った。
３人の中で食べ終えているのは俺しかいない。
旅館の旦那を横目で見る。旦那はAに伸ばしていた手を引っ込めた。
「……悟、大丈夫」
「大丈夫じゃねぇから言ってんだろ。大人しくしとけ」
俺は半ば無理矢理にAの背中を押して食事の間を出させた。
あの旅館の旦那に預けていたらAがどうなっていたことか、想像に易い。
俺たちは部屋までの道のりを無言で歩いた。それはとても長く感じられた。
「ありがとうな、悟」
俺の頭をぽんぽんと撫でて部屋に入って行こうとするAの手を掴んだ。
「……どうした？」
「あ……いや…………早く休めよ」
「ふっ…………ご忠告どうも」
俺の力が緩んだ手からするりとAの手が抜けていった。
目の前の襖が静かに閉まる。
閉まった襖を、何となく、しばらく俺は見つめてしまっていた。
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作者名：フルーツパンチ侍 | 作成日時：2023年9月2日 4時
