狗巻棘が彼女を好きになった日 ページ9
俺は花を育てることが好きだ。
趣味と言えるほどではないけれど、苗を植えて毎日水をやるくらいの事は欠かさない。
何故かと問われれば特に理由はないけれど、強いて言うならば固く閉じていた蕾が花開く瞬間がどうにも好きだ。
「何してるの？」
入学して暫く、彼女と俺はあまり会話をする方ではなかった。
彼女はたまに俺に話しかけに来てくれるが、それはかなり一方的なもので、俺は大抵
普通に会話をすることができればどんなに良い事か。
こんな風に言語の相違に後ろめたさを感じながら人と接することなどなかったろうに。
それでも彼女は今この時までも絶えず返答に困る問いかけをしてくる。
毒気のない無垢な表情で、恐れを知らぬ幼子のように。
彼女は俺が呪言師であることを知りながらも普通の人に話すように接してくる。
彼女はわかっているのだろうか。
俺が一言言葉を発するだけで、俺は彼女の自由を奪い、思いのままに支配し、一瞬のうちに殺めることも出来てしまうというのに。
俺は誰からも疎まれ、恐れられるような人間だというのに。
その純粋さに中てられて、俺の心はほんの少し居心地が悪かった。
俺はまた困ったように彼女から視線を逸らした。
「お花…？」
俺の視線を辿って、彼女の目は俺の前にある花壇に移された。
女々しいと引かれるだろうか。
なんだか妙に気恥しくなって少し目を伏せて眉を顰めた。
「綺麗だね」
たった一言、シンプルな言葉にふと顔を上げた。
色とりどりの花の中、綻ぶような笑顔を浮かべた彼女の横顔が映る。
彼女の絹糸のような髪が、春風に攫われるように靡いた。
目が離せない。
それはずっとずっと求めていたような陽だまりにいるような感覚で、思わず涙が零れてしまいそうなくらい胸が苦しかった。
彼女の目が俺の方を向いた。
ああ、どうしよう、顔が熱い。
なんで、どうして、彼女はこんなにずるいんだろう。
ただひたすらに俺の心をかき乱すくせに、彼女は俺の欲しかった眼差しを向けてくれる。
どうしようもなく満たされていくような感覚。
そんな花が咲いたような笑顔を向けられて、俺は情けないくらい崩れ落ちそうな激動を覚えたのだ。
彼女はずるい、わかってない。
こんなの、惚れるな、という方が無理な話なんだ。
(狗巻棘が彼女を好きになった日)
終わり
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作者名：にる | 作成日時：2021年4月1日 14時
