拝啓、僕が歩んだ日々へ (ページ31)

今日:14 hit、昨日:0 hit、合計:11,696 hit

誠を尽くせページ31

知ってた、全部。わかってた、つもりだった。

手を取ることも、背を預けることも、唇を重ねることも、許されないということが。

それでも彼女に恋焦がれていた自分は、どうしようもなく周りが見えていなかった。

「逃げて」

凛として、前を真っ直ぐに見て。
そして俺の好きだった、その透き通る声で、彼女はそう言った。

「何、言って」
「ここはもうだめだよ、殿は私がやる」
「だから何言ってるんですか!?ならそれこそあなたが逃げるべきで、」

俺の声は喧騒に混じって、彼女の吐息も混じっていった。

俺の大好きな彼女はバカだった。
計算も理解も早いし、読書家で知識豊富だし、話術だって巧みだったけれど、そのくせ救いようのないバカだった。

そもそも女がこんな戦争の前線に出ている時点でおかしい。それでなくとも彼女はまだ未成年で、しかも、

「もし、あなたが、しんだら」

この国は、俺は、どうなるんだ？

王の、長の、他の後継ぎも居ない今、どうしろっていうんだ？

「ちょっと予定が早まっただけでしょ、それに……」
「あなたがここで敵を一時的に食い止められたとしても!結局は、」
「それでもきっと、たった1人でも生き延びることはできる」

矢が頭上を飛び交う。弾が、髪を掠っていく。

やっぱり彼女はバカだ。他人のために自らの命を捨ててしまうことさえ躊躇わない、正真正銘のバカだ。

「私を否定するの?びすのくせに」

哀しげに瞳を伏せる。ああ、ずるい。

「なら、こうしましょう」

彼女は、この国を治める者の血を濃く引いていた。女でさえなければ、次はきっと彼女だった。

それに比べて俺は、ただの部下だ。使い捨ての戦闘兵ｰｰｰｰ身分が、違う。

「あなたはここで死ぬ。俺はあなたとの関係を罪に問われて死ぬ」

彼女は息を呑む。今までは彼女が機転を効かせて来たものの、その本人が死んでしまえば分からない。俺のことを、面白く思わない奴は、間違いなくいた。

「あなたが生き続ければ、俺は死なない」
「後追いですらないね」

びすはずるい。そう楽しそうに口の端を上げる彼女を見て、俺は眉を寄せた。

「でもね、そうは言ってもね」

知っていた。

「びすなら知ってたでしょ、私がずっと死にたがってたの」

もちろん、知っていた。

「この世界はとても窮屈なんだよ、それに家族もみんな死んだ」

正直ね、もうしんどいんだよ。そう言う彼女から、目を背けた。