拝啓、僕が歩んだ日々へ (ページ16)

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☆ ページ16

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返事の代わりに頭を下げて、帰ろうと伊東先生の横を通りすぎようとして

「待って」

と声をかけられた。

足を止め、先生の方を見ると
じっ、と上から凝視される。

私は背が低いわけではないけれど、
先生は元の身長が高い上に、年上で男の人だ。

上からの観察するような視線がどうにも居心地が悪くて、何ですか、と問う代わりに首をかしげた。

「今、声を出そうとしていたよね？」
「……」
「していたでしょう？」

……見ていたのか。

別に見られて困るものでもないし、
先程のは昼休みでのこともあって少しその気になっただけであって、
伊東先生が期待しているような心情の変化は私にはない。

しかしこれは認めなければ帰れなさそうだ。
こく、と頷くと先生はぱっと表情を明るくした。

「そっか、それなら良いんだ。
引き止めてごめんね、もう帰るんだよね。
気を付けてね、また明日」

さようならの意を込めてぺこりと一度頭を下げた。

そのまま教室を後にし、真っ直ぐ昇降口へと向かう。

――……また声が出せるようになったとして。
それが伊東先生にとって何になるのだろう。

私がまた声が出るようになっても、伊東先生には何の関係もないはずなのに。
声が出せるようになったら、自分の声で伝えたい言葉なるものも見つけられるのだろうか。

その言葉を見つけたとして、伝えられるのかは分からないけれど。

「――……、」

伊東先生は優しい人だ。
生徒一人一人に気を配って、隅々にまで目を配らせている。
だからこそ先生は生徒に好かれるのだろうと思うし、事実そうなのだと思う。

でも

不毛な片想いなのだ。

私のこれは、どうにもならないものなのだ。

単なる憧れで済めば良かったのに、私はどうも要領が悪いようで、憧れで留めることが出来なかった。

不毛で不純な想いを伝えようだなんて思ったことはない。
伝えたいと思ったことさえない。

声が出なくなって良かったのだ。
うっかり口に出すことなどないのだから。

こんな不純な想いを、先生相手に吐き出すことなど絶対に有り得ないのだから。

馬鹿みたいだ。

声が出なくなったなら、と考えたことは確かにあった。
けれどそれは別に他人を傷付けたくないだとかそんな綺麗な理由ではない。

ただ、ただ自分を守りたかっただけなのだ。

この不毛な想いが口をついて溢れ出す前に、どうか伝える術を奪ってくれ、と。

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