拝啓、僕が歩んだ日々へ (ページ12)

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はつねページ12

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声が出せなくなってから早一年。
そんな生活にも慣れてきて、諦めもついていた。

両親は未だに何とか治療法を探しているようだけど、
私はこのままでも大して問題はないと思っている。

そうも思うだろう。
丸一年を何の障害もなく暮らせているのだから。

しかし、諦めのついた今になって頭を悩ませる存在が現れた。

「おはよう」
「……」
「おはよう、Aさん」

私なんかに話しかけていて楽しいのか、と純粋に疑問に思う。
無視を決め込んでいてもいいのだが、それならそれでこの人は何度でも話し掛けてくるのは経験済みだ。

それに今の私では、どちらにしろ無視などとてもじゃないけど出来ないのだ。

常に持ち歩いているメモ帳とボールペンを取って、
走り書きで彼の言葉に返事を書いた。

『おはようございます』
「まだ声出ないの？」

これもいつものことだ。
どうせまた同じことを聞かれるのだろうと、予め予測して書いておいたその質問への答えを見せる。

『治療してないので』
「どうして？また声を出せるようになりたくない？」
『慣れてしまいました』
「……そう、それは悲しいことだね」

私よりも悲しい表情を浮かべるその人。
いつも同じことを聞いては、同じ答えを返され、そうして同じ表情を浮かべる。

その繰り返しに何の意味があるのかは分からないし、知りたいと思ったこともない。

「あ、伊東せんせー！おはようございまーす！
また来てたんですか？他の先生方に怒られますよ！」
「困るな、内緒にしててよ」
「それ先生が言う台詞じゃないですよもー！」

あははとクラスでもムードメーカーとして知られる男子生徒の言葉に笑う。
伊東先生――伊東、歌詞太郎先生。

一部の生徒にはかしたろ先生と呼ばれている。
私の通う公立高校の国語教師だ。
主に古典分野を担当している。

女子生徒には特に人気だと聞いた。
若い上に親しみやすく、説明も分かりやすい故の人気だろう。

分からなくもないのだが、私にとって伊東先生はそんな優しい先生、というだけではないのだ。

何故なら私は、

「……さて、話を戻すけど、どれだけ悲しくても諦めてはいけないよ。
諦めないことが大切なんだ、治ると思っていれば君の病気もいつかは――」
「あ、かしたろ先生、天月先生が呼んでましたよ」
「あっちゃー……そっか、ありがとう。
それじゃ、Aさん。また後で来るから」
『はい』

――……伊東先生のことが、本当に好きなんだもの。