激突！壁デスマッチ 2 ページ29
「本当に何か知っているかもしれない」
「この場を逃れたい一心ででまかせを言ってるに決まってる」
「こいつの口車に乗ってまた"賭けスチェンカ"なんぞ時間と労力の無駄だ」
「杉元らしくないな、もっと合理的な奴だと思っていたが」
谷垣さんや月島軍曹が口々にそう言うと、杉元さんはエノノカちゃんへと謝罪の言葉を口にする。そして、アシリパさんの行方に繋がる情報の可能性が少しでもあるのなら無視できない、という。
アシリパさんを第一に思っている、杉元さんらしいなと思った。私も、もし何か手がかりになる情報が手に入るなら、それに越したことは無いと思う。
結局、杉元さんの意見を尊重して、今夜もスチェンカに出ることになったのだった。
「A！」
いざ、スチェンカが行われようとした数刻前、鯉登少尉に話しかけられた。鯉登少尉の顔を見ると、彼はどこか緊張しているような、そわそわしているように見えた。
「はい？」と返事をする私に、鯉登少尉は一度深呼吸をして、私を見つめてきた。
「今日も私の活躍をしっかり見ておけよ」
「はい。もちろんです」
「……それと、今日は刺青人皮のためでもあるが…お前のためにも頑張ろうと思っている」
「え？あ、は…はい」
そこまで言うと、彼は口をつぐんでしまった。彼の言葉の意図が分からず、首を傾げる。
そして、彼は私の肩を掴むと、ぐっと顔を近づけて言った。
「だから、その…A…。私がスチェンカで勝ったら…私に褒美をくれ……ｯｯ！」
ご褒美…？
彼の言葉を一瞬理解できず、頭の中で復唱した。近くにいた杉元さんが「何言ってんだこいつ」と呟く。月島軍曹なんかは、呆れたようにため息をついていたが当の本人は気にせず続ける。
「ご褒美…ですか…？」
「ああ」
「……分かりました」
「本当か！？」
「はい。でも、一体何をすればいいんです？鯉登少尉にあげられる程、私はお金とか物はあまり持ってないですよ」
「それは……その……だな……」
鯉登少尉は言い淀む。しばらく沈黙が流れたが、意を決したのか、顔を上げてこちらを見た。
その瞳は真剣そのもので、思わずどきりとする。
鯉登少尉は、ゆっくりと口を開いた。
「……Aからの、口づけが欲しい」
…………くちづけ？
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月21日 17時
