蝗害 2 ページ30
「忘れさせてやろうか」
「え…」
「俺ならそいつを忘れさせてやることもできるぞ」
その瞳にはいつもとは違う物が宿っているように見えた。そして、彼の手が首筋を撫でる。その手つきが妙に艶かしいものに感じられ、私は身をよじらせた。
彼の言う通り、この気持ちを無くせたらどんなに幸せか。
しかし、私はまだ彼に返事をすることはできず、彼を見つめることしかできない。
「どういう…意味、ですか」
やっと出た言葉はそれだけだった。すると彼は小さく笑って、私の耳元に口を寄せた。
その吐息がくすぐったく感じる。
そして彼は囁いた。
「俺がお前の家族になってやるよ」
尾形さんの言葉に、私は目を見開いた。彼は私の反応を見て、どこか満足げな表情を浮かべている。
「な、にを…言って…」
「そのままの意味だ。俺は金塊に興味はない。だが、俺の目的を達成するついでに、お前の夢も叶えてやってもいい。悪い話じゃねぇだろ？」
尾形さんの目的はわからない。だけど、彼は私に選択肢を与えているようだ。
「……でも、貴方にメリットがない。私なんかのために、どうしてそこまでしてくれるんです」
「さあ、なんでだと思う？」
意地の悪い笑みに、私は眉根を寄せるしかなかった。
そして、しばらく考え込んだ後、答えを口に出す。
「……同情、とか」
「ははぁ、それもあるかもしれんなぁ」
尾形さんは愉快そうに笑う。確かにそれも理由の一つかもしれない。しかしそれだけではない気がしていた。では何なのかと問われても、はっきりと答えることはできないが。
尾形さんの意図がわからず困惑していると、彼は再び口を開いた。
先ほどよりも近い距離で、尾形さんの声が響く。
「お前、アイヌの奴らに追いかけられて転んだとき、真っ先に何を考えた？」
あの時の光景を思い出す。転んだ瞬間、見たのは彼らの背中だった。そして開いていく距離を見て、咄嗟にある言葉が思い浮かんだ。
─────置いていかないで。
「……」
私は何も言わなかった。しかし、それが正解だとばかりに、尾形さんは目を細める。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
