蝗害 ページ29
翌朝、私達は釧路へ向かうことになった。どうやら私がいない間に話が進んでいたようで、一度谷垣さんはアシリパさんにコタンへ帰るよう促していたそうなのだが、先へ進むと結論を出したそうだ。
白石さん達と釧路の街で合流し、アシリパさんのお婆さんの十五番目の妹が暮らしているという海岸のコタンへ来ていた。姉畑の行いに胸をいたんだアシリパさんが、海のカムイを送って去るためだそうだ。
そしてアシリパさんたちは海亀を捕るべく、船へと乗り込んだ。私はというと、足を捻ってしまったので同行するわけにもいかず、大人しく留守番をしていた。
しかし、何もしないわけにもいかず、砂浜でオカヒジキを採っていた。今晩の海亀の鍋に使うそうだ。
せっせとオカヒジキを集めていると、ふと海を眺めている谷垣さんが見えた。その側にはインカラマッさんがいて、リュウと海を駆けているチカパシくんがいる。
なんとなく近寄り難くて、私は少し離れたところからその様子を見ていた。仲睦まじい“家族”そのものだった。
「……いいなぁ」
思わずそう呟いて、はっと口を抑える。
私もあんな風に“彼”と一緒になるはずだった。そうなりたかった。でも、もうできない。
ふぅ、と溜息をつくと背後に人の気配を感じ、振り返った。そこには尾形さんの姿があり、昨日のことを思い出して私はドキリとする。
もしかして聞かれていた？
「お、尾形さん…。見てください、オカヒジキたくさん採れたんですよ」
私がそう声をかけるも、彼は無言のまま、こちらに向かって歩いてきた。そして私の方へ手を伸ばすと、頬の傷跡に触れ、なぞる。
尾形さんは何を考えているんだろうか。
「また昔の男でも思い出していたのか」
唐突に発せられた言葉は、私を責めるような響きを持っていた。なぜ彼がそんなことを言うのか理解できず、戸惑ってしまう。
「思い出すから、辛いんだ。忘れちまえば楽になる」
尾形さんはまるで私の心を見通したかのように、静かに言った。
「……忘れられたら、どんなに良いか」
尾形さんの言葉に答えるように、ぽつりと私は言葉をこぼした。彼は黙ったまま聞いていたが、ぐっと、顔を近づかせてきた。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
