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「…ここは 実質 君の店ではないだろう？君も料理人なら その腕と才能を活かしたいと思わないのか？」
松本はいわゆる雇われコックだった。
一見 総料理長としてこの店を仕切っているかのように見えるが 実のところオーナーの強いこだわりを松本が代わりに形にしているという ここはいわばオーナーの為のオーナーの店であった。
「…調べたのか？」
松本が鋭い目で大野を静かに睨む。
その目力に引っ張られそうで大野は思わず 顔を背けた。
「調べなくったって そんなことぐらいわかる」
大野はそう言うと 子供のように唇を突き出す。
腕を組んだまま しばらくの間静かに 大野の食事をじっと見つめていた松本は やがてポツリポツリと話し始めた。
「…確かに…なんでも自由にやらせてもらってるわけじゃないよ…。
料理のことは口出しできないし 新メニューを考案しても採用されるわけじゃない…。
でもな そんなことどこいっても一緒だろ。
力のないヤツは 力のあるヤツに使われるって相場が決まってるんだよ…。
アンタもそうやって会社を大きくしたんだろ」
図星を指され大野は言葉につまる。
「たっ…確かに…それは そうかもしれないけど…少なくとも君は 力のない人間じゃないだろ。
うちに来れば 店を丸ごと君に任せたっていいと思ってる」
「フッ…」
”力のない人間じゃない”と力強く言い切る大野に松本は思わず吹き出してしまった。
「なっ…何がおかしい…」
「何を根拠に そんなこと言えんのかなと思って。
…オレは アンタが思ってるほど価値のある人間じゃないよ。
だから… こんなオレを拾ってくれたオーナーには感謝してもしきれない恩があるんだ。
どんな大金積まれても オレはここを辞める気はない」
大野には理解できなかった。
恩とか義理とか そんなものに縛られて目の前のチャンスを見逃すなんて考えられない。
少なくとも自分の周りには そんな人間は一人もいなかった。
金と権力を武器に人と付き合っていかないと 相手はすぐにまた力のある方へと流れてしまうのだから。
「信じられないって顔をしてんな」
そう言って松本は また笑った。
「なぁ アンタ 友達 いないだろ」
「えっ…なんで… そう思うんだ…？」
「オレの話が理解できないから」
「………」
「わかったろ？オレと アンタは別の世界に住む人間。この先も決して交わることなんてないんだよ」
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作者名：hikari | 作成日時：2020年6月6日 4時
