降谷零の家にはお狐様が棲んでいる。【降谷零/安室透】

弍拾壱話 ページ23

は…？祠の中の狐…？

Aの表情は真剣そのもの。しかし全く意味がわからない。


｢…どういう意味だ？｣

そう問えば、Aは座布団の上に正座し、背筋を伸ばした。


『零様は祠に話しかける時、祀られた神様に遠慮なさいますか？』

｢え…？｣

『しなくていいんです。
誰かの願い、幸せ、悩み、後悔、懺悔。
嬉しかったことも辛かったことも、全部をただひたすらにお聞きするのが私たちの役目です。
その方の更なる幸を願うのが私たちの役目です。
ただの祠の中の狐に遠慮することはありません。
いるかいないかもわからないような不確かなものに話しかけるのに、細かいことは考えなくていいんです』

｢………｣

『零様』


まっすぐな金色の瞳が俺を射抜く。

Aは優しく微笑んで、その言葉を紡いだ。


『口に出したい思いがあるなら、私を祠の中の狐だと思ってぶつけて下さい』

｢……っ｣


その笑顔があまりにも儚くて、今にも消えてしまいそうで、俺は思わず彼女を抱きしめた。


｢…バカだなお前｣

『へ？』

｢いるかいないかもわからないってなんだよ、Aはちゃんとここにいるだろ｣


その存在を確かめるように更に強く抱きしめる。

大きな狐の耳が触れて、少しくすぐったく感じた。

小さく息をつく。祠の中の狐じゃない。Aに話すんだ。


｢…また、守れなかったんだ｣

『……』


ポツリと零した言葉を、Aは黙って受け止める。


｢ほら、小さい頃に話した病院の先生。
あの人の娘さんに会ったんだ。
今度こそ救えると思った。あの子だけは絶対に守ろうと思った。でも結局…守りきれなかった｣

『零様…』

｢ずっとそうだ。
本当に守りたい人は誰１人守りきれてない。
生きていてほしいと願った人ばかりあの世に行ってしまう｣

『………』


Aは耳を垂れさせ、静かに俺の頭を撫でる。

それがどんな慰めの言葉よりも嬉しかった。

多分今は、なにを言われたところで気休みにもならない。

けれど自分の思いを一緒に抱えてくれる人がいるだけで、自分の中のなにかが随分軽くなった気がした。


『零様』


Aが俺の名前を呼んで笑う。きゅっと手を握られた。


『零様の言う通りです。ちゃんとここにいます。
私はずっと零様のおそばにいます』

｢…ああ｣


本当にこの子は、俺の欲しい言葉をくれる。聞いてほしいことを聞いてくれる。押し潰されそうななにかをいとも簡単に掬ってくれる。

何も言わずに、もう一度彼女を抱き寄せた。

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