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「良かったら店も覗いて行ってよ。ひやかしでも店探してきてくれたんだろ?」
この穏やかで心静かに浮き立つひと時が終わるのは、名残惜しかったが。
「…あ、のさ。もし、良かったら」
都会の真ん中のオアシスのようなこの場所もいいけれど。
本当に一緒にどこか片田舎で時間を気にせずに、のんびりと過ごすことができたら。
こんな気持ちのいい時間を、また一緒に持つことができたなら。
「……ぉう、いいな^^」
何気に男前に返事をしてくれた彼の、口の傍が少しばかり緩んでいるのは気のせい?
「…ぅおぉ…すげぇ…」
扉の内外に、いろんなグラスが並べられている。
一つ一つ手に取ると、彼のモノへの想いが伝わってくる。
『心を込めて作ってやると、温かいものができて来るんだぜ』
そう言った彼の顔を思い浮かべながら、順に手に取る。
「…これ、いいな……」
少し捻ったような細工がしてある、その大ぶりのグラス。
自分の手に余るほど、けれどしっくり馴染んでくるのが不思議だ。
丁寧に包まれたそのグラスと共に帰路についた櫻井の手の袋には。
すっかり常温に戻った缶ビールと身の回りの日用品。
大切なグラス。
そして彼の捌いたカツオのお裾分け。
『昼も夜も続けて食いたかないか(苦笑)』
そう言って笑う彼に、首がちぎれんばかりの勢いで頭を振って
『智くんが作ったもの、毎日でも食べたいっ』
照れ笑いしながら、嬉しそうに保冷剤を添えてくれた。
・
季節は一巡りして、今日の空は花曇り。
すっかりリラックスした服装の櫻井は缶ビールを出してくると、お気に入りのグラスに注いだ。
ちょうど缶ビール一本分が入る大きなグラスは、いつも二人で使っている物の倍のサイズ。
ベランダに面した窓ガラスにもたれて、今日は1人で空に向かってグラスを掲げる。
「乾杯♪……ぁ〜…いいねぇ〜」
郊外で幾日も寝ずに火の番をしている大切な人が、ようやく作業を終えて帰ってくる。
良い作品ができた、一番に見せたかった♪と写真を送ってくれた彼。
今から祝杯を挙げるという。
彼の初期の作品を手に、離れた場所から一緒に祝杯。
明日は早めに迎えに行こう。
そして、出逢った頃に約束したままなかなか果たせないでいた
バカンスに出かけよう。
二人きりで。
櫻井は、テーブルに置いた高原のコテージの鍵を満足そうに眺めると
手にしたグラスからグイッと一口飲んだ。
この空の続く彼方にいる、一番大切な彼を思いながら。
【fin】
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作者名:tororo | 作成日時:2014年6月1日 1時