嗚呼、愛しい人よ【中原中也】

29話 ページ29

ことりと、音を立てて置かれたのは海老が使われた海鮮パスタとそれにあった白ワイン。


男の手料理に、大好きなお酒。


待ち望んだ時間のはずだったけれど、私の機嫌は治らない。




｢いつまでふてくされてンだよ｣


｢ふてくされてないわ、怒ってるのよ｣


｢･･････何にンな怒ってやがんだ｣




パスタをひと口食べると、トマトソースと海老の風味が広がる。


パスタを飲み込んで、ワインを飲めばさっぱりとした酸味がちょうどいい。


幸せだ。口の中は。




｢私は、貴方が何を考えているのか分からないわ。分からないし、勝手に嫉妬してる自分にも腹が立つ｣




何も望まない、と言い聞かせた筈なのに怒りというのは自分の意思とは関係なく湧き上がる。




｢嫉妬ってのは、舞に対してか｣


｢彼女の名前を出さないでくれるかしら。不愉快だわ｣


｢あいつはただの部下だ。周りのヤツはだいたい名前で呼んでる｣




私のことは、苗字ですら呼ばないじゃない。


そう、文句を言ってやりたかったがその文句はパスタと共に噛み締めワインと共に流し込んだ。




｢そうね、私が勝手に怒ってるだけよ。気にしないで｣


｢･･････気にするだろ｣


｢どうして？私が怒ったままだと仕事がやりにくいから？｣


｢違ぇだろ、｣


｢そうよね、私が今ここに居るのも首領の命令だもの｣




この男の相棒として、傍を離れるな。


その命令は仕事中だけではなく、二十四時間いつでも、という内容だった。


おかげで部屋を探す手間は省けたが気まずいにも程がある。




｢いいのよ、私の態度が気に食わないなら命令して。何事もないように振る舞うわ｣


｢･･････おい｣


｢貴方は今私の上司なんだから好きなだけ命令してくれて構わないのよ？出来ることならなんでもするわ｣


｢本気で言ってンのか？｣




明らかに怒気のこもった声だった。


思わず、怯んでしまったのは自分が悪い事を自覚しているから。


けれども素直に謝る気になれるはずもなく。




｢････････････ょ、｣


｢あ？聞こえねぇ｣


｢なによ！貴方が何も言わないからでしょ！！｣




勢いよくテーブルを叩き、食器達がガシャりと音を立てワインがこぼれる。


目の前にいる男は、面食らったような顔をしていて。




私達の間に、もう壁なんて無いはずなのに。


どうして貴方は何も言ってくれないの。

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