彫り師と殺し屋 ページ34
【紡ぐ葉の先】
外は土砂降りが続いている。ガラス一枚分静かな雨音。雨は嫌いではないが湿気は嫌いだ。針の扱いがより面倒になる。今日は客がいるからとエアコンをつけた。
背後でお湯のスイッチを切る音。
「あ゛ーすずし」
「体冷やしますよ」
トランクス一枚で彼は冷蔵庫を物色している。その背中に水滴が垂れるのが見えた。肩甲骨の中央から広がっている墨の上を滑って下着に隠れる。
彼の背中は六割ほど葉に覆われている。比較的白い彼の肌に黒々と這う蔓。鮮やかな緑色にしたらきっと映えただろうに、カラーはダサいからと断られてしまった。今の背中も新品の楽譜ぽくて嫌いじゃないけども。
「どこ見てんのえっち」
八重歯が見えた。今日はやけに機嫌がいい。
しっしと手を振りドライヤーを促すと素直に戻っていった。
時計を振り返る。正午を過ぎたところ。
さっさと済ませて昼寝したいという本音を飲み込んで、ひとまず消毒液と布巾を手に取った。
ゾムとの付き合いはざっと半年になる。
「桃瀬組の紹介で」なんて言うから、最初はてっきり龍か仁王様かなどと思っていた。植物と聞いて拍子抜けしたのも事実だ。ただ彼はこの葉を月二ペースで増やしに来る。理由は知らない。
もし、うなじから腰と尻の境目まで蔦が埋めてしまったら、彼はどうするんだろう。ぐるりと腹に回るのか、それとも尻に伸ばすのか。いつか全身を蔓に覆われてしまうのだろうか。
どうも雨の日は考え事に沈んでしまう。すっかり髪を乾かしたゾムに声をかけられるまで気づけなかった。
「今日はいくつですか」
「三つ」
「分かりました」
先月は一つ。その前は七つ。最大でたしか十五と言われて、さすがに日を分けた記憶がある。また来るのが怠いと泊まられて、デリバリーで山とピザを頼むものだから驚かされたのだっけ。
作業を終えると待ちかねたように彼は身をよじった。反対を向いてゆるゆると起き上がる。
「やっぱ暇やな。ずっと痛いし」
「お茶飲みます？」
「ん」
手早く道具を片付ける。
まだ雨は止まない。
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