元カレ ページ29
【ノーグッド・ケミストリー】
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好きなのはいつも自分ばかりだった。
いっぱい食べることが好きだっていうから、たくさん食べられるように努力して、太らないように毎朝ジョギングしてジムにも通った。いつアポなしで来てもいいように家中ピカピカに掃除してあったし、料理だって練習した。
本当のわたしはたくさんなんて食べられないし、運動も大っ嫌い。掃除も片付けも苦手だから、出来る限り物を減らした。見えるところには置かないように、そのかわりクロゼットに無理やり詰め込んで。水廻りなんて付き合ってすぐ、業者に頼んで掃除してもらった。
ゾムが好きそうな子、に精一杯擬態したのに、それでもダメならわたしが何をやったってダメだったんだろう。
もう全部ぜんぶ、やーめた。
ゾムのいない日常なんて、生きている気がしないけど、毎日涙も出るしご飯も食べられないし眠れないけど、いま死んだらそれこそただのクソ重い女じゃん。
ゾムにそう思われたくないから、そんなことはしたくない。別れてからもわたしはゾムの中で、あいつ結構いいオンナやったな、っていう元カ.ノでいたい。
ああやっぱりこんなの、ゾムが一番嫌いそうな子だ。
***
ピンポーン。
「えっ、……ゾム。どう、したの」
「雨やばいから泊めてぇや」
振られてから半年ほどが経った、昼間からひどい雨で、テレビではずっと警報が出ているような金曜の夜だった。
付き合っていたときには合鍵で勝手に開けられていた玄関。ゾムがインターホンを押したのは今夜が初めてだと思う。部屋番号なんて、よく覚えてたね。
「お前、オレのことブロックしてへん？ 既読付かんからピンポン鳴らすしかなかってんけど」
「…別れたら普通そうじゃないの」
スマホが通知をしらせるたびに、ゾムかもしれないと期待してしまうのが嫌だった。
連絡してから家に来たことなんて一度もなかったくせに、今日だけは律儀にメッセージを送っていたらしい。
「外マジで雨ひっどいわ。あー腹減った」
「なんか作ろっか…あ、いやごめんなんにもないや」
つい癖で口から出たセリフに、からっぽの冷蔵庫を思い出して自嘲した。自分のために料理なんてする気も起きないのだから、買い置きの食材なんてあるはずがない。
恋人同士だったころとは比べ物にならないくらい、物で散らかってぐちゃぐちゃの、1LDKのわたしのお城。
この惨状についてなにも言わずに、ずぶ濡れのままリビングに佇むゾムが不気味だった。
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