「体育祭、二人の距離」:5 ページ6
ここまでくるともう後戻りはできない。私は決意を決め、左手を差し出す。そのまま手を引かれ彼のすぐ前まで急接近していた。
周囲のざわめきも視線も気にする余裕なんてなく、ただ胸が騒がしくって、彼の手の温もりが心地よかった。
必死で足を動かして、無事私とハヤトさんはゴールテープを切った。
歓声と拍手が送られる中、私はそういえばと彼の耳元で囁く。
「借り物、何だったんですか?」
女子生徒とかだろうか。そんな呑気に考える私とは相対に、彼は耳まで真っ赤にしてどもっていた。
「な…何でもないですよ。普通のお題でしたよ、普通」
終始早口で答えるハヤトさんを不思議に思いながら、はちゃめちゃだった体育祭は無事終わりを迎えた。
*
加賀美side
「私…ハヤトさんが借り物競争で活躍する姿、見てみたいです!」
緑仙さんと夢追さんに後押しされるように、借り物競争に出るかどうか迷っていた私に、Aさんに笑顔でそう告げられた。
あんなキラキラした可愛らしい笑顔を見せられて断れるはずもなく、私は勢いに身を任せて出場してしまった。
____そして私は今、そのことを猛烈に後悔している。
自慢の俊足で一番に借り物が書かれた紙に辿り着いたのはいいものの、そこに書かれていた内容は衝撃的なものだった。
_____『好きな人』。
直球すぎないか、と思った。お題を決めたのは実行委員の方だから、誰かが悪ふざけで入れたのだろう。
好きな人…と聞かれ、真っ先に思い浮かんでしまったのは、もちろんAさんだった。
だけどこのお題を言って彼女の方に向かえば、彼女も周囲も大惨事になってしまう。
黙って連れて行くしかないか…。少し罪悪感が残る方法だが、彼女の身を守る為だ。
私は意を決して彼女の元へ赴くと、彼女は私の言葉に一瞬びっくりして___でもすぐに、私が差し出した手を握ってくれた。
彼女の白く華奢な手を握り締めゴールテープを切り、走った後の息の荒さを整えていると、Aさんは私の耳に顔を寄せて、
「借り物、何だったんですか?」
と訊ねてきた。
本当のことなんて言えるわけないとはぐらかし、彼女には申し訳ないが普通のお題だと誤魔化して嘘をついてしまった。
心臓がちくちくと痛む。彼女が不思議そうに私を見つめる目が、私の罪悪感を加速させた。
快晴の空の下で終えた体育祭は、私の心の内とは正反対に爽やかに終わった。
第十七話 「動き始めた感情」:1→←「体育祭、二人の距離」:4
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こみ - 私もこの1年間高2A組だったのですごく嬉しかったです!幸せでした! (2021年4月4日 15時) (レス) id: a0adc0f2be (このIDを非表示/違反報告)
伊織(プロフ) - ばちぅ兼もてゃさん» こんにちは。コメント、そして読了ありがとうございます!続編の方は別のお話と同時進行の予定ですので、もうしばらくお待ちください。 (2020年6月20日 18時) (レス) id: 472e77b4e7 (このIDを非表示/違反報告)
ばちぅ兼もてゃ - こんにちは...ばちぅ兼もてゃです...最初から最後まで全部読んでました、執筆お疲れ様でした!続編も楽しみにしてますね、もちろん読みます (2020年6月20日 18時) (レス) id: 603073c1b4 (このIDを非表示/違反報告)
伊織(プロフ) - 蒼渇さん» 蒼渇さん、コメントありがとうございます。楽しんで頂けたようで何よりです。よければこれからもお付き合い頂ければ励みになります。 (2020年6月2日 14時) (レス) id: 472e77b4e7 (このIDを非表示/違反報告)
蒼渇(プロフ) - ひぇ…めちゃくちゃキュンって来ました…好きです!!!!!!!無理せず更新頑張って下さい! (2020年6月2日 10時) (レス) id: c685f96854 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:伊織 | 作成日時:2020年5月30日 14時