イントロ。

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予防接種の注射を打つ時、
それまで無表情だった、たあ君が、
怖がって、可愛い顔をくしゃくしゃに歪ませて泣いた。

でも、声はたてない。

苦痛に、じっと耐えてるような表情してる。


ここに入院してる間は、

あやすと笑ったり、
嫌な時は、か弱い声だけど、
ちゃんと声を出して泣いてたのに。


「ごめんね。
痛いの、ほんのちょっとだからね」


注射を打ち終わって、
ご褒美のおもちゃを渡したら、

たあ君、それを自分の胸に抱いて、
必死に隠す仕草を見せた。

誰にも、取られないようにしてるんだって、
気付いて、胸が痛む。

施設では、どんな暮らしをしてるんだろう。


「A先生、
次からは市の検診だけで充分ですよね？」


確かに、健康状態には不安はない。

だけど・・・


「そうなんですけど・・・」


「ありがとうございました。
では失礼します」


注射が終わると、
用事は済んだとばかりに、
施設の先生は、私とナースに頭を下げて、

たあ君を抱いて、廊下に出てしまうから。


慌てて追いかけてた。


「ちょっと待って下さい！」


「なんですか？
私、早く仕事済ませて家に帰らないと。
子供が待ってるんです」


「すいません。
たあ君に、この子に、
退院の時に持たせた絵本、
どなたか読み聞かせしてもらえてますか？」


「私は夜は施設にはいないので、
分かりません」


「そうですか。
普段は、何か声を発してますか？」


「ごめんなさい。
それも分かりません。
一日中、この子だけを見てるわけでもないんで。
私、普段は、幼稚園や小学生の子達の面倒みてるので。
今日は突然頼まれてしまって、
私が連れて来ることになったんです」


「そうですか。
分かりました。
また施設に会いに行ってもいいですか？」


「え・・・
実の父親も来ないのに？」


「お父さん、一度も来られてませんか？」


「はい。
一度も。
年明けに、お金だけ送ってきましたけど」


「そう、ですか、」


「じゃあ、失礼します」


さっさと話、切り上げたくて、
先生は焦って、早口だ。


「たあ君、ばいばい」


紅葉のような手に、触れる。


たあ君は、茶色い瞳で、
私をじいっと見つめてる。


微笑んでたのに・・・


知らずに、涙が溢れてた。


帰したくない。

私がこの子を・・・

守りたい。


世界中で一番、幸せな子供にしてあげたい。

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