愛の名のもとに (ページ1)

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その日は平日だった。

お客さんは少なくて、このままでいけば早く帰れるかな、なんて思っていた。

平日は朝まで開けてなくたっていいのに、そう思うけどお客さんは入っているから営業時間はずっとこのままなんだろうな。

そんなことを考えながらバーカウンターを出て、テーブルに並んだ空のグラスに手を伸ばす。

「ね、ちょっと一緒に来てくれない？」

聞こえてきた声と、目の前に感じた気配に顔を上げる。

黒いハットを被って、黒のジャケットを着るその人の顔は薄暗い店内ではあまりよく見えない。

「俺についてきて欲しいの」

私の腕を掴んで、顔を近付けてそう言うと返事も聞かずに腕を引いて出口まで進んで行く。

「・・・え！？ちょ、ちょっと！」

あっという間にお店の外に出ると、店の中よりは少し明るい、夜明け前独特の薄暗さに少し目を細めた。

そのまま腕を引かれながら、全身黒ずくめの男がどんどん足を進める。

さっきは気付かなかったけど、この人からする香水の匂いが鼻に纏わりついて顔をしかめた。

黒のスキニーパンツに、黒いブーツ。

華奢に見えるけど背は高くて、私の腕を取る指には重そうな指輪をいくつか着けていた。

通りを行きながら、どこに向かっているんだろうと考えていると駅前のスクランブル交差点に辿り着く。

一日のほとんどが人で溢れ返しているこの場所にも、今みたいな時間には静寂というものが存在する。

その光景は何度目にしても見慣れなくて、夜が明ける寸前の不気味な薄暗さの中に佇む街は、私にはただ死んでいるように見えた。

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