vol.63 ページ21
「先生との話は終わったの？」
「うん、もうご両親は先にロビーで待ってる。」
そっかぁ、と伊野尾は感慨深い一言と同時に部屋をぐるりと見渡した。
白を基調としたその部屋に、もう彼の部屋だという面影はない。
カレンダーも時計も、全てが無くなったこの部屋。
俺も実家から引っ越す時に何も無くなった自分の部屋を見て、同じようなことを思っただろうか。
……いや、それは違う。
伊野尾のどこか寂しそうな瞳は、ここでの生活に別れを告げるのが名残惜しい事を表しているんだ。
俺は名残惜しいなんて思わなかった。
きっと俺は、実家ならまた帰ってくるだろうと思っていたから。
だけど伊野尾はもう、この病室に戻って来ることはない。
だからそんなに物悲しそうなんだ。
「それじゃあ行こうか。」
「はーい。」
間延びした返事をして、伊野尾はベッドから立ち上がる。
最初は車椅子から立ち上がるだけで精一杯だったけれど、半年のリハビリを続け今では普通に歩く事も出来るようになった。
・
・
エレベーターを降りてロビーに向かうと、そこにはご両親が居た。
主治医の先生とご両親、それから伊野尾で話しているのを俺は遠くから見ていた。
隣に居た高木さんはその光景を見て微笑んでいた。
「ありがとうございました。」
その声が聞こえて、話は終わったみたいだ。
すると高木さんはどこに隠していたのか、花束を取り出して伊野尾にそっと手渡した。
「退院おめでとう、伊野尾くん。」
「えっ……これ…！」
「伊野尾くんとは付き合いが長かった……なんて言ったら不謹慎かもしれないけど、研修医として初めて出会ったのが伊野尾くんだった。」
「……。」
言葉を失ったまま、花束を両手で受け取る彼の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「もう戻ってきちゃ駄目だよ？それじゃあ、お元気で。」
そっと出した手を、伊野尾はぎゅっと握って握手をした。
「俺も高木が居たから頑張れたんだよ。高木先生、ありがとうございました。」
遂にボロボロと泣き出した伊野尾に高木さんはそっと肩を叩いた。
「ここがゴールじゃないんだよ。俺も頑張るから、伊野尾くんも頑張って！」
ほら、とエールを送ると伊野尾は涙を拭って笑った。
俺は少し離れたところからその様子を見ていた。
外は相変わらずの快晴だった。
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天凪(プロフ) - Blue Whiteさん» たくさんの嬉しいご感想ありがとうございます。そんな風に思っていただけるだけでも幸いです。お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございます、これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。 (2017年9月9日 0時) (
レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - blue catさん» こちらこそ素敵なご感想ありがとうございます。最後まで読んでくださって、更にはご自身の体験に重ねて考えていただけるなんて本当に光栄です。このお話が何かのきっかけになれば幸いです。応援しています、頑張って下さい！ (2017年9月9日 0時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
Blue White(プロフ) - はじめまして。このお話はすごく文章が綺麗で、物語にのめり込みながら読んでいました。とっても感動できる作品でした。「ありがとう。」って言いたいです。これからも頑張ってください。応援しています。 (2017年9月7日 18時) (レス) id: 96f5815679 (このIDを非表示/違反報告)
blue cat(プロフ) - 本当に感動しました！！私自身、ずっと”才能”という言葉に囚われていました。今でも、逃げてしまいたくなるくらい、泣きたくなるくらい、周囲との力量の差を感じることがあります。でも、この小説を読んで自分の気持ちと向き合おうと思いました！有難うございました！ (2017年9月3日 20時) (レス) id: 2b68782549 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - くるみさん» お返事遅くなってすみません…！嬉しいご感想本当にありがとうございます。皆様の応援あってこその作品でした！またいつでも覗きに来てくださいね！ (2017年6月6日 18時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
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