vol.55 ページ13
side 慧
予想外の言葉に彼は首を傾げる。
「……お礼?」
「そう、お礼。」
今俺が両手で大事に抱えているアルバムの中にはたくさんの彼の思い出が詰まっている。
俺が到底見る事のできないような、素敵な外の世界。
こんな小さくて狭い病室の中に居たら、きっと気付かない光景。
「俺に、たくさんのプレゼントをありがとう。」
「……何それ、何で今そんなこと。」
一つ一つの写真から伝わる、優しい思い出。
彼の好きな青空や、キラキラ光る湖の水面。
満開の桜にこの辺りでは珍しい積雪。
「俺に、素敵な世界を見せてくれてありがとう。」
「待って…何でそんなこと、」
ダメ元の小さな『助けて』の声は、ちゃんと届いたんだ。
仲良くなって色んな話をして、ちょっとぶつかっちゃったり迷惑掛けたり。
気付けば申し訳ないことの連続だったけれど、それでも俺は嬉しかったし楽しかった。
「迷惑掛けちゃったけど、俺はとっても幸せだったよ。」
「そんな最期みたいな言い方しないでよ。」
「最期なんて思ってないよ。」
「……伊野尾、一つだけいい?」
時間が刻々と迫る中で椅子に座りなおした薮がこちらを見る。
優しい笑顔が今は俺だけに向けられているのだと思うと特別な気がした。
「俺も伊野尾にお礼が言いたい。何も出来ないままでいた俺を救ってくれたのは、間違いなく伊野尾だから。」
「でも俺は……」
「もし伊野尾に出会えていなかったら、俺はあそこで周りと過去の自分に潰されていたかもしれない。だから、ありがとう。」
たった5文字の『ありがとう』が胸の奥深くに刺さった冷たい棘を溶かしていくようだった。
胸の奥が、心が、とても温かい。
この気持ちに名前なんてあるのだろうか。
もしかしたら、この気持ちは俺だけのもので、俺が初めて見つけた感情なんじゃないか。
この時代のあの日に生まれた俺だから、こんな境遇の俺だから、薮に出会えた俺だから見つけられた感情なんじゃないか。
だったら俺は、この感情に名前を付けよう。
この感情の名前は―――。
・
・
「それじゃあ、また。」
「うん。絶対に大丈夫だから、頑張って。」
「うん。ありがとう。」
『またね』は言っても『さようなら』は言わなかった。
同じ5文字でも、あまりに違いすぎるから。
あれほど恐れていたものが、全然怖くない。
次に起きたら、あの5文字を。
『―――――』
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天凪(プロフ) - Blue Whiteさん» たくさんの嬉しいご感想ありがとうございます。そんな風に思っていただけるだけでも幸いです。お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございます、これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。 (2017年9月9日 0時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - blue catさん» こちらこそ素敵なご感想ありがとうございます。最後まで読んでくださって、更にはご自身の体験に重ねて考えていただけるなんて本当に光栄です。このお話が何かのきっかけになれば幸いです。応援しています、頑張って下さい! (2017年9月9日 0時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
Blue White(プロフ) - はじめまして。このお話はすごく文章が綺麗で、物語にのめり込みながら読んでいました。とっても感動できる作品でした。「ありがとう。」って言いたいです。これからも頑張ってください。応援しています。 (2017年9月7日 18時) (レス) id: 96f5815679 (このIDを非表示/違反報告)
blue cat(プロフ) - 本当に感動しました!!私自身、ずっと”才能”という言葉に囚われていました。今でも、逃げてしまいたくなるくらい、泣きたくなるくらい、周囲との力量の差を感じることがあります。でも、この小説を読んで自分の気持ちと向き合おうと思いました!有難うございました! (2017年9月3日 20時) (レス) id: 2b68782549 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - くるみさん» お返事遅くなってすみません…!嬉しいご感想本当にありがとうございます。皆様の応援あってこその作品でした!またいつでも覗きに来てくださいね! (2017年6月6日 18時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
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