【文スト】疑問符【太宰治】

疑問１４ ページ16

目が覚めたら寝る前と変わらない天井｡
菊の花はどこにも無い｡

当たり前の事に肩を落とした｡


花の香りの代わりと云っては何だが、美味しそうな香りが鼻腔を満たす｡
与謝野医師でも来てくれたのか、台所から包丁を使う音もする｡

有り難い
先程よりは食欲の湧いた腹を押さえて床を出た｡


態々洗面所まで行って水で顔を洗っても意識が覚醒しないのは風邪の所為か｡

もう寝る気分じゃないのに…
仕事がないとこんなに暇なのか、と実感する｡
無職者(ニート)は普段どうやって過ごしているんだろう
絶対やる事無くなると思うんだよね




「……ん？靴？」

こんな靴家にあったっけか
頚を捻るが思い当たる節は無い｡

そもそも家に男性は来ないのだ｡
この靴は明らかに紳士物だけど｡

心なしか太宰さんの靴に似ている気がした｡


…真逆、ね……｡

風邪とか気にせず台所まで走った｡



「…おや？おはよう！
でもまだ寝てなきゃ駄目だよ」

「に、にいさ…」


…嗚呼、之も夢か
未だ夢から覚めてなかったのか

一瞬本物が来てくれたのかと思った｡


「兎に角ほら、布団戻って」

「いや」

「えー…」

反抗するも、グイグイ背中を押され布団へ逆戻り｡

先刻出たばかりの布団はまだ温かかった｡


「私はおじやでも作るからさ
ちゃんと寝ててよ？」

「ダメ」

「えー、どうしたんだいもう」


「行っちゃうの、やだ…」

兄さんが離れて行かない様に服の裾を握った｡

寝る前までの淋しさを夢でも感じるんじゃないか｡
そんなの厭だし
それを差し引いても折角近くに居る太宰さんが離れるのは厭だ｡


「何処にも行かないで…兄さん」


夢でくらい甘えたっていいじゃないか
夢で甘えたって罰は当たらないだろう


兄さんは嬉しそうに頬を緩めてふんわり笑った｡

「もうどこにも行かないよ
ずっと隣にいよう。約束する」

握られた左手が温かい｡

じわりじわり、心地いい熱が伝わる｡


「ほら、解ったらちゃんと寝たまえ」

「帰らない…？」

「帰らないよ
信じられないのかい？」

「そうじゃないけど…」

「ならしっかり寝てしっかり治して
…君が居ないと気が気で無くなる」


……狡い｡
そんな事云われたら明日は屹度全快だ｡


目を閉じる前までの兄さんの笑顔を瞼の裏に焼き付ける｡

なんだか善い夢が見れそう
夢の中で見当違いな考えをした｡


寝ちゃったら今度こそ目が覚めるのかな？

……まだ醒めたくないなァ


意思とは反対に意識が沈んだ｡




「おやすみ、A」

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