今を生きているこの世界で (ページ14)

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その12 ページ14

敦は酷く混乱していた。彼はまだ彼女とあって半日程しか経っていないが"羽風樹莉”という人間を理解していたつもりだからだ。
穏やかで、優しくて。外見や雰囲気が少し人間離れしていたけれど、話してみると”普通"の少女だった。

だが、目の前の少女は

『人間って欲にまみれると歪むんだよ。顔も心も』

まるで別人のようだった。

壊れそうな笑みが、いつの間にか濁った色になっている瞳が、淡々と語っている声が

「樹莉…ちゃん？」

突然変わった雰囲気も、無機質な声も樹莉のものとは思えなかった。
彼女はなに？
何を隠してそんなに風になっているの？

「ねぇ、君は…」

どうして、そんな辛そうに笑うの？
そう問いたいけれど声が出なかった。
どんなトーンで話しかければいいのか判らなかった。

「あの…えっと…」

『ふふっ…あははは』

突然彼女から笑い声があがった。無機質でも何も無い、彼女特有の柔らかな声だった

『敦くんの緊張を解こうと思って。ちょっとした小芝居をしたんだけど、やりすぎちゃったみたい』

「こっ、、小芝居！？」

『そうそう、小芝居』

「完っ全に騙された…」

ヘナヘナと座り込む敦にごめんね〜、と声をかけたが気持ちはこもってなかった。

『今の話は全部作り話だからなんも気にしなくていいからね〜。敦くん暗かったもの。元気を出してあげなきゃって』

「励ましてたんだとしたら、その感性とんでもないよ…」

『敦くんはもうちょっと人を疑うことを覚えよっか。世の中全て真実とは限らないんだよ。心配になっちゃう』

「うぐぐぐぐぐ…」

あまりにも的を射ていて、返す言葉も出なかった。

『信じて後悔するのは自分だからね』

「えっ？」

『なーんにも。騙しちゃってごめんね？次からは気をつけるよ』

「そうして…心臓に悪い」

『ふふっ、ごめんごめん』

他愛もない会話で一気に空気が和やかになった。
さっきのは、彼女のおふざけということで片付けておいた。

太宰がじっと二人を、厳密には樹莉を見ていたことなど露知らず。
そして樹莉の話が嘘ではあった事など敦は疑いもしなかった。

「却説…そろそろかな」

太宰が窓から見える月を見てそう言った瞬間に、ガタンとなにかの物音がした。