ページ ページ37
そしてついに貶められた。ある日ありもしない汚職を疑われた挙句に、これまた身に覚えのない借金を背負わされ、経済的な問題から貴族の体面を維持できないとして爵位を返上、潘家は平民に没落し、父とスティーブン王子との接点も途切れた。
最初のうちこそ真面目に働いて汚名返上に努めていた父であったが、生活が困窮していく中、よくわからぬ仕事に就いて次第に家に帰って来なくなった。
時たま帰って来た時の何処からとも無く漂ってくる血腥さは隠しようがなかったし、シーハンが体術の手ほどきを受けている時に父の拳から今まで異様な殺気と鋭い感情を感じることさえあった。
世間は王位継承争いで、先日何処何処で誰が不審死しただの、誰々が殺されかけただの、そういう話題で持ちきりになってくる。その頃には一体父がどんな仕事に付いたのか、もう家族全員が察していた。
だがシーハンや母が「危ない事はもうやめてくれ」と言っても、父は微笑みながら頷きもせず首を振りもせず、また黒の胴着を着て家を出ていくだけだった。
15年前、シーハンが10歳になった頃、町外れの路地裏で一人の男の遺体が発見され、あっという間に野次馬が溢れた。
独特の焦げた匂い。
目も当てられぬ真っ黒な焼死体。
死因は火炎魔術によるものらしい。
地面にうつ伏せで倒れているそれは、まだ立てるという風に、突き出した右手拳を力強く、硬く握りしめていた。近くで遺体を検分していた騎士が、「遺体の損傷が激しいので身元の特定は不可能だろう」と話し合っていた。
そんな事を耳に挟みながら、シーハンは人混みの中でそれをただ呆然と眺めていた。
遺体のその拳はただ握り締められているのではない。まさに自分が教わっていた体術において型の途中に行う独特の指の折り方だったから。
何が起こったのか全く理解出来なかった。
したくなかった。
拒絶反応で体が震える。
頼むから夢だと言ってくれ。
目が徐々に見開かれる。
心拍数は急激な弧を描いて上昇し冷たい汗が溢れ出る。…次にこの声が出るのは心臓が飛び出る時だろうと思われたその瞬間。
「馬鹿な奴だ」
そんな台詞が耳に入った。音が溢れる野次馬、雑踏の中で、その声を拾い上げてしまったのは何故だろうか。自分の斜め背後で声は小さく続ける。
3人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ