6話 ページ6
いたい。
消毒液の匂いが、私の中の思い出したくもない記憶を呼び起こす。
最悪なアパートでの日々。
転がる酒の空き缶、空き瓶タバコの空箱。
毎日のように飛び交う怒号、暴力。
殴られる痛みより、何もできない自分への憤りの方が私には辛かった。
特に母が生きていた頃は罪悪感と無力感で毎日押しつぶされてしまいそうだった。
そしてまた1つ思い出す。
幼い頃に熱湯をかけられてできた火傷の跡。
多分きちんと病院に行っていれば今頃この跡は残っていなかっただろう。
だけど今更この火傷のあとは消えるわけもない。
きっと私は一生自分が犯した罪の重さと一緒に背負わなければいけない。
いっそのこと、あの時父を刺して私も死んでしまえばよかった。
「…おい」
『わっ…、あ、すみません…。ぼーっとしてました…。』
驚いて正面を見上げると、左馬刻さんはいつの間にかタバコを吸い終えていた。
「明日、病院行くぞ。あと、これに着替えとけ。」
左馬刻さんはそう言うと、ばさっと私に服を投げた。グレーのスウェットの上下セットだった。
『あっ、あの…』
「俺は出るから、風呂なり寝るなり好きにしとけ。飯は…、冷蔵庫になんかあるからそれ適当に食っとけ。」
そう言って、左馬刻さんはすぐにマンションを出た。
私の声は届かなかったみたいだ。
"なんで私にこんなにも親切にしてくれるのか。"
それが聞きたかった。
私は左馬刻さんみたいに綺麗な訳じゃないし、他に何か特別なことはない…はずだ。
怪我の手当てを終えた私は、特にすることもなく左馬刻さんが渡してくれた服に着替えてぼーっ、とソファに座る。
静けさが心地いい。
何にも恐れることなく、過ごせる時間は何年振りだろうか。いや、もしかするとそんな時間はなかったかもしれない。
いつも何かに怯えて生きてきた。
私は臆病な人間だ。
私はソファに倒れこむ。
ソファの大部分を占める皮が擦れて、ぎちぎちと音を立てる。
明日にはきっと、父の死体が発見されるだろう。
もしかしたらあの男のことだから自分で警察署にでも言って私を探させているかもしれない。
こんなに良くしてもらってるのに、左馬刻さんには迷惑をかけてしまう。
つくづく私は迷惑な人間だと思った。
私は左馬刻さんへの罪悪感を胸に、そのまま眠ってしまった。
こんなに心地いい睡眠はいつぶりだろうか。
このまま永遠に目覚めず、私の肉体なんてバラバラになって原子にでもなればいいと思った。
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夕妃(プロフ) - Thistle*さん» コメントありがとうございます。合歓ちゃん可愛く書けるようにがんばります(*^^*) (2019年3月29日 17時) (レス) id: 9a4bb61595 (このIDを非表示/違反報告)
Thistle* - ねむちゃん可愛い(#´∀`) (2019年3月21日 23時) (レス) id: d67f03efe8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:花野 | 作成日時:2019年1月19日 0時