アトリエに残された桜 (ページ3)

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海から逃げるように目線を逸らそうとしたその時。
不意に砂浜に座り込む人の影を見た。一瞬のことに思わず、二度見をしてしまい少しだけ恥ずかしくなったがその人から眼が離せない。

よく見ると、それは男性のようだ。

砂浜に座り込んで蹲って顔を上げたかと思うと、立ち上がってそのまま真っ直ぐ海に……って！

いやいやいや！マズくない！？何をするつもりなの！？
慌てて俺も彼の後を追って海へ走り出す。まるで彼の邪魔をするなと言うかのように眩しく光る海に視界を邪魔され、白くゴミだらけの砂浜に足を取られた。

『待って！』

俺と彼の体が腰あたりまで海に浸かったところで漸く彼に追いつき、腕を掴んだ。

俺よりも数センチ背が高く、ほっそりとした体が目を前髪に隠してゆっくりと此方を向いた。前髪の隙間からチラリと見えた彼の瞳は俺と同じ瞳だった。

『あ…ごめん』

パッと思わず手を離して目を逸らす。
なんだか気まずくなってしまった。と、すぐに彼がこの空気を破ってくれた。

「あなた、誰？」

『あ…俺は…その、偶々通りかかっただけで…あぁ名前は大野智』

久しぶりに人と会話したからか、しどろもどろになりながらそう答えた。直後に飛んでいったウミネコらしき鳥が社会に置いていかれた俺みたいだった。

「ふーん、助けに来てくれたんだ」

『あ……』

図星だったことがなんだか恥ずかしく心に残り、彼の顔が見れない。

「ありがとう、待ってたんだ」

『えっ？』

思いもしなかったその答えに反射的に顔を上げると、思った以上に整った、綺麗な顔が此方を見ていた。
また、目が離せない。

彼の言葉がどういう意味だったのか考えることも忘れ、どうして死のうとしたのか訊くことも忘れて彼の顔に目を奪われていると、彼が俺から飛び抜けた疑問を受け取ったかのように顔を逸らせて説明してくれた。

「誰かに止めて欲しかったからさ、死ぬの」

死ぬのを止めて欲しくて死のうとする。

初めてだった。
死ぬ理由が『死にたい』ではなく『死ぬのを止めて欲しいから』だったこと、死のうとした理由を説明する横顔がこんなにも儚く美しかったこと。

彼はそれ以上の説明はしなかった。

俺もそれ以上に訊こうとは思わなかった。

だから俺は彼の名前を訊いた。
『君の名前は？』

「あぁ、ごめん人にだけ名乗らせて。俺は櫻井翔」