せんぱい。 ページ41
.
猫が曲がり角を楽しそうに曲がっていく。その後を追い、私も曲がり角をそっと曲がった。
揺れる木々の葉。
雨粒がその葉に落ちる度、ぽたり、と独特の音を鳴らして跳ね回る。
天気雨とは綺麗なもので。…本当に、綺麗以外の何者でもなかった。
ねえ、先輩。
視界に北先輩が映る。
雨が降る中、傘をさし、その傘から顔を少し覗かせている。その瞳に、太陽の光が映り込むのを見て。
息を、呑んだ。
…にゃー。
猫の鳴き声が、私をどこか遠くに連れて行っていた意識を取り戻させる。目の前の北先輩がこちらを向いて、雨が私の額を濡らすのを感じて。
やっと、声が喉から這い上がる。
｢…北先輩｣
私の足は動いてくれない。動かそうにも一歩目が踏み出せない。
雨の音が、耳を通り過ぎる。
前髪から滴る雨粒が鬱陶しくて、思わず目を伏せた。
視界に誰かの手が見えて。その手は、私の方へ傘を差し出していた。
｢…濡れてまうよ｣
目を見開く。
北先輩が、いつの間にか目の前にいて。
私に、傘を差し出している。自身が濡れることも厭わずに。…その綺麗な瞳が輝く。
優しい瞳。
純粋で、穢れなどある訳がない。
｢…北先輩も、濡れますよ｣
私に傘をさしたせいで、北先輩の髪に、肩に、何粒もの雨が空から零れ落ちる。
綺麗な髪が濡れてしまう。
そっと私の方へ傘を差し出す手に触れて、そのまま北先輩の方へ押し返す。
トサ、と特有の音がして。
また、私の頭上へ雨粒が落ちる音がする。
｢…風邪ひいたらあかんやろ｣
｢北先輩もでしょう？｣
なんて言い合いながらお互い傘を差し出しては押し返し、差し出しては押し返しを繰り返す。
…不毛、にしか見えないけど。それでも、この時間が、心を少しだけ安心させる。
｢なあ、雨宮。…頑張れたか｣
…とさり。
傘が、雨に濡れる地面に落ちる。
お互いに押し付けあって、結局、北先輩の言葉に驚いた私が、そのまま方向を間違えたが故だった。
｢…頑張ったって言ったら、頭、撫でてくれますか｣
ねえ、北先輩。
貴方が私の頭を、頬を撫でるのは、何故だか酷く心地好いんです。
貴方の手のひらの温もりが、どうしようもなく心臓を撫でるから。
また、今、今も。撫でて欲しい、なんて。
｢…なんや、甘えたさんか？｣
｢甘えたさん、です。…お願いします。撫でて、ください｣
嗚呼。
北先輩の手のひらが、そっと、私の髪を撫でる。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1277人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ハイキュー」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
はるか(プロフ) - この作品のことではないんですがブスの愛で方はもう公開されないんでしょうか？ (2023年2月25日 13時) (
レス) id: aa3e2fb3e0 (このIDを非表示/違反報告)
サラミ - なんかもう…本当に胸が痛かったです…なんでそんなに感動する文章かけるの…？という感じでした。辛いし、気持ちが凄くわかるし、頭がうああってなって(語彙力)気づいたら大号泣していました。本当に素敵なお話をありがとうございました。 (2023年1月18日 22時) (レス) @page50 id: 82adb6822c (このIDを非表示/違反報告)
小桜(プロフ) - 北さんもいい……！ めちゃくちゃにやけました！ (2022年10月23日 0時) (レス) @page50 id: 8b4a915ba2 (このIDを非表示/違反報告)
お布団 - 何回ワシをにやけさせんねん！！ (2021年11月28日 10時) (レス) @page50 id: e77bb3532f (このIDを非表示/違反報告)
リンネ(プロフ) - 私、恋愛をした事なくて恋愛小説をどこか違う世界のものとして読んでました。でもこの小説は、感情移入してしまって雨宮の｢自分が嫌い｣という感情が私と重なって泣いてしまいました。あなたの言葉で救われた気がします。ありがとうございます。 (2021年7月5日 2時) (レス) id: 2b6f27f6e1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：お水。
| 作成日時：2019年8月16日 11時
