ガラスの瓶につぶされて

恋のフィルム ページ18

　オレと太輔との間に、どこか気まずい、でも決して嫌というわけじゃない、そんな空気が流れたまま朝を迎えた。

　朝から仕事に行くオレの隣を、太輔が一緒に歩いてくれる。

　半年間ずっと続いている、オレ達の木曜日の朝だ。オレの勤める花屋に着くと、太輔が、いつもの木曜日どおりオレに向かって少し寂しそうに微笑んでくる。


「じゃあね渉。お仕事、頑張ってね」

「うん…ありがとう。太輔も頑張って」

「ふふ、ありがとう。またお昼過ぎに薔薇を買いに来るね」

「っ。…うん」

「そのあとは、お花を配達してくれるんだよね。今日のお花も楽しみにしてるね」

「うん。大事に運ばせてもらう。いつも、ありがとう」

「それは俺のセリフだよ。いつも綺麗で元気な花を届けてくれて、ありがとう」

「っ…」

　頬が一気にあったかくなって、目の奥にじわっと水が貯まった。太輔の両目がゆっくり細められて、ふふって笑われる。

「綺麗で元気なお花ーーもちろん、渉の事も入ってるよ」

「った、太輔…」

「昨日は一日ありがとう。すっごく楽しかった。ドライフラワー、完成したらぜひ俺にも見せてね」

　とんでもなく優しい声で囁いた太輔は、オレの返事を待たずに背を向けようとした。
　その背中を見た瞬間、オレの体は勝手に太輔の腕を掴んでいた。

　太輔が、驚いた顔で振り返る。

「渉？」

「…っ。いつか」

　自然と口が開いて、小さな声を発していた。太輔の表情が驚きから柔らかいものに変わって、問いかけるように顔を寄せてくる。
　その綺麗な微笑みに、心臓がとく、と跳ねた。


「いつか、…話す。オレの中で、嫌われる覚悟ができたら」

「渉」

「ごめん…自分の汚い感情は…まだ、自分自身の言葉で自覚する勇気はなくて…嫌われたり、悪く思われる勇気がまだ、ない…」


　オレは一体、こんな時にこんな場所で何を言ってるんだろう。


　すでに、自分の汚い性根は嫌というほど自覚してるくせに。いまさら、日陰からは抜け出すつもりもないくせに。


　そんな意見を持ったもう一人のオレが、オレをお腹の中から嘲笑ってくる。
　いまさら取り繕ったところで隠しきれるわけがないと、笑ってくる。


　でも、表面に出てきた偽善者のオレは、オレを見映え良く飾りたてるための言葉を止めることがなかった。

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