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ぼーっと考えているうちに作業は進められた。
「私の見立てだと、お客様はまだ靴を脱がないだろうと思います」
奇妙な言葉だと思った。靴は脱ぐから、また違うものを履けるのに。
「……その靴で歩んだ道のりを忘れない、と心に刻むようなエピソード。素敵だと思いませんか?」
「そうですね……」
Aは抽象的な会話をあまり好まない。癖で、なんの話かと考えを巡らせる。
「見るほどに素敵な靴ですね。一緒に出かけた方もさぞ素敵なのでしょう」
「そうなんです、私……」
なにに、そうだと言った? 誰のことだ? 比喩ではないこの投げかけ、自分はなにかを思い出さなくてはならない。
――イマスカ
――今の日付は?
「×️×日」
――近くに来ているよ。どこにいるの。
YES
――A
マル
「……ヒソカ、磨き終わったら、行くから」
Aが正しい相手に返答したらしいことを見届けて、店員は作業を終える。
「終わりました。扉を開けましたら、これぞ最高の靴、と踏み出してみて下さい」
どれが一番か選べない悩みが自慢、コレクターとして靴に優劣をつけない主義のAだったがすんなりと、今履いている靴が至高と確信した。
「ありがとうございます、もう帰ります」
「それがよろしいと思います。本日はありがとうございました、お元気で」
見送られて店の仕切りをまたぐとき、勧められた通りに靴への愛や感謝をいだいて右足を踏み出した。
“Aは足取り軽く”、とト書きに書いてもらいたい。
そんな気分にさせてくれたこの場所はなんという店名なのだろう。
振り返ったそこに扉はなく、「なっ」と驚いてバランスを崩した。
片方の靴が、持ち主を嘲笑うかのようにしてすっぽ抜けるのがAの視界に入る。
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ルイ(プロフ) - mooさん» 通知がすごすぎてコメントに気付きませんでした🙏🏻複数作品お読み頂き&コメントもありがとうございます!楽しんで頂けたなら嬉しいです! (5月9日 12時) (レス) id: 1984ade8f5 (このIDを非表示/違反報告)
moo(プロフ) - 面白かったです! (5月9日 4時) (レス) @page45 id: e3fdbdb203 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ルイ | 作成日時:2022年4月19日 17時