世田谷ラブストーリー N×M ページ26
「ねぇニノ今日暇？」
そう、君が躊躇いがちに声をかけてくる時は決まって
あの人と喧嘩をしたとき
〈世田谷ラブストーリー〉
「あ〜めっちゃ飲んだな〜。」
居酒屋の引き戸を開けるとともに少し頬を紅潮させた君が呟く。
「飲み過ぎだよ。」
「ニノも結構飲んだじゃんか。」
いたずらが成功した子供のような顔で笑って、随分とご機嫌そうじゃないか。こっちの気も知らないで。
「…ちゃんと翔さんと仲直りするんだよ。」
「…あーぁ、フフッ…もういやんなっちゃうねぇ。」
もうダメなのかも、なんて、そんなの俺の前で言わないでよ。酔って呂律が回ってない君が可愛くて、結構限界なのにさ。
「終電…まだ間に合うから…。」
「あ…うん。送るよ。」
「いいよ、ニノ反対方向でしょ。」
「…あの、さ」
「ん？」
「…や、なんでもない。心配だから送らせてよ。」
「そう？じゃあお願いしよっかなあ。」
隣を鼻歌まじりに歩く君が楽しそうなのに少し寂しそうで、なんで俺じゃダメなんだろって、またいつもみたいにくだらないことを考えてるんだ。知ってる？俺だって結構モテるんだから。そりゃ、あの人には敵わないかもしれないけどさ。彼女なんて作ろうと思えばきっと明日にはできるよ。それなのに俺はどうしてもこの人のことが好きで。
ねぇ、俺のものになってよ。
ねぇ、うち近いんだからさ泊まっていけばいいじゃん。
帰らなくてもいいじゃん。
ねぇ
「ニノ…？」
「え？」
「静かだなあって。酔っちゃったの〜？」
随分黙っていたんだろう。不思議そうに俺の顔を覗き込んで楽しそうに笑う。
俺の好きな顔で。
本当に、なんでこんなに綺麗なんだろう。
「じゃまたね。送ってくれてありがと！気をつけてね。」
もっと、遠いところにすればよかったって。もっと君の隣にいたかったって。遠ざかっていく後ろ姿まで愛おしくて。
その背中を抱きしめて
もう今日はここにいなよって
そう言えたらいいのに。
改札を抜けて姿が見えなくなる前にこっちを振り返った君が少し恥ずかしそうに笑って、胸元で小さく手を振る。
ずるいよ。
思わず大きなため息が出て人なんてまばらな駅前でしゃがみこむ。
この街に、俺の住んでるこの街に、ついさっきまで君がいて。俺の隣で笑ってて。
それが日常だったらいいのに。
「…好きだ。」
君には届くことのない言葉が冬の夜空に溶けていく。
月灯りがやけに眩しかった。
_____世田谷ラブストーリー.
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作者名：ちょんた | 作成日時：2019年10月4日 17時
