36 ページ36
_
ーーー そんなこと言われたら、私、情けなくなるじゃないですか。
初めて見せた、結城さんの本音だと思った。涙を流す彼女は、やっぱり美しくて。その瞳は、少しの愁いを含んで、困りながら私を見つめた。
「きっと誠知くんの彼女が、葵さんじゃなかったら、素直に諦められなかったと思います」
「え?」
「…葵さんが羨ましい。でもこれはきっと、ないものねだりなんですよね」
「結城さん、」
「葵さん、私、この仕事を辞めることにしました」
「…え…!」
「これだけいろんなひとに迷惑をかけて、仕事を続けていけるような人間にはなれません」
「そんな、」
「…葵さんにも、…誠知くんにも迷惑をかけた。正直、それが許せないんです」
「…私が引き止めたら、傷つけてしまいますか?」
「……」
「結城さん、私、うれしかった。絵を見つけ出してくれて、光を当ててくれて」
「葵さん、」
「結城さんが、このお仕事をいやになって、辞めたいというのなら…私は何も言えません」
「…」
「ただ、私や誠知くんに気を使って辞めるのなら、私は違うと思う…!そんなに自分自身に厳しくしないでください。結城さんは頑張りすぎるから、…甘やかすくらいでいいんです」
「…っ」
「…きっと誠知くんは、まだまだ結城さんと一緒に戦いたいはずです。辞めるなんて、誠知くんも選手のみなさんも、悲しむと思います」
静まり返った一室は、少しだけ澄んだ空気がした。彼女の気持ちが、やっぱり涙として溢れてしまうから、私はそれを拭うことしかできない。
結城さんに渡した、お気に入りのハンカチ。震える掌でそれを受け取った彼女は、ふと、諦めたように泣きながら笑った。
「明日からも一緒に戦おう、」
「え?」
「振られたときに、そう、誠知くんに言われました」
「…」
「誠知くんがどう思っているのか、私なんかよりずぅっと、葵さんの方が理解されてる。…勝てませんよね、やっぱり」
「結城さん、」
「…はー、なんだか笑えてきた」
少しだけ胸がすっとしました、彼女が笑う。なんだか瞳に濁りが消えて、私まで嬉しくなって、つられて笑ってしまった。
甘えさせてくださいと、彼女は退職しなかった。こっそり誠知くんから、お人好し、と言われたけど、当たり前の風景が消えてしまうのは悲しいことだよ、と呟くと、葵が彼女でよかった、と低い声が囁いたから、恥ずかしくて知らないふりをした。
216人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
aoi(プロフ) - みゆうさん» こちらこそです*楽しみにしています。 (2019年3月5日 1時) (レス) id: 1e8b3648c1 (このIDを非表示/違反報告)
みゆう(プロフ) - aoiさん» 見てきただけて嬉しいです!ありがとうございます! (2019年3月4日 22時) (レス) id: faf8ae436c (このIDを非表示/違反報告)
aoi(プロフ) - みゆうさん» とてもありがたいお言葉ありがとうございます…!意識している部分でもあったので、嬉しいです*そして実は私、みゆうさんのおはなし拝見させてもらってます。私こそ更新楽しみにしています* (2019年3月1日 0時) (レス) id: ddb827d49e (このIDを非表示/違反報告)
みゆう(プロフ) - aoiさんの書く小説、主人公の見ている景色や生活の雰囲気だったり、想像力が膨らんで、心がほっこりする言葉の使い方が凄く好きです。更新楽しみにしています! (2019年3月1日 0時) (レス) id: faf8ae436c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:aoi | 作成日時:2019年2月28日 23時