6話 ページ6
目を覚ますと、頭の下には氷枕が敷かれており、台所からは何かの焼ける音と匂いがしていた。
重い体を素早く起き上がらせて、警戒する。
だが、その必要はなかった。
Aはこの音と匂いを知っていた。
自炊をしないAの日常に、一ヶ月前まで確かにあった、それ。
……理鶯が、来たのだ。
その確信は、ヒートによって体とともに疲弊した精神に染み渡って、涙に変わりこぼれ落ちた。
緊張していた体から力が一気に抜け、ぼふんとベッドに逆戻りする。
Aが起きたことを察知したのか、理鶯が様子を見にやってきた。
「起きたか、A。大丈夫か？」
まるで子供にするように、ベッドのそばに膝をついて問いかける理鶯に、Aは頷いた。
「ああ……理鶯、お前は、なぜ……」
なぜ、ここにいるのか。
なぜ、自分を看病しているのか。
言葉にはならなかったたくさんの「なぜ」を理鶯は正確に受け取った。
「それは……小官がAの番だからだ。」
だが、理鶯はその問いに対する明確な解答を持たなかった。
ただ、それしか言えなかった。
それでも、Aには十分だった。
「ありがとう」
普段滅多に笑わないAが、珍しく満面の笑みを見せる。
その笑顔に、理鶯の心は揺さぶられた。
人の笑顔に、こんなにも心が揺さぶられるのは三度目だった。
一度目は、運命の番である銃兎の素直な笑顔を最初に見たとき。
二度目は、左馬刻の妹を思う儚い笑みを見たとき。
どうしようもなくAを抱きしめたくなって、理鶯は唇を噛んだ。
それはAと別れ、銃兎を選んだ彼に、決して許されることではなかったから。
理鶯は今にも泣き出しそうに顔を歪めるが、その目に涙が滲むことはなかった。
15の時から軍人として教育されてきた理鶯は、もう泣くことができなくなっていた。
ただ乾いた眼を苦しそうに瞑り、Aの頬に両手を添えて、額を合わせること。
これが今の理鶯がAに対してできる、精一杯の慰めだった。
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狼鬼(プロフ) - 何回も読み返すほど悲しくて、でもとても素敵な作品です。完結するまでずっと待っています。無理をしませぬようお気をつけください。 (2021年9月10日 22時) (
レス) id: 8a6b913a72 (このIDを非表示/違反報告)
龍牙(プロフ) - mikittyさん» コメントありがとうございます！ありがとうございます！！ (2021年1月26日 16時) (レス) id: 6c80c43520 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結まで追い続けます！ (2021年1月25日 12時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
龍牙(プロフ) - マームさん» コメントありがとうございます！とても嬉しいお言葉ありがとうございます！！なかなか更新できていませんが、頑張らせていただきます！！ (2020年6月28日 10時) (レス) id: 6c80c43520 (このIDを非表示/違反報告)
マーム - めっちゃ好みすぎて何回も読み返しています！！更新頑張ってください！！ (2020年6月24日 23時) (レス) id: 12bdf0a400 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：龍牙 | 作成日時：2019年5月11日 19時
