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55話 ページ20

そこまで吐いた時、両手で強く抱きしめられた。苦しいほどに痛いほどに抱きしめられるのは肯定と受け取ってもいいのだろうか。このうるさいくらいに鳴る心臓はそう思ってもいいのだろうか。
「私と同じですよ…!好きだから独占したい、愛してるからこんなにも掻き乱されるんです。でも愛してるから離したくない、離れたくない、難儀なものだけれどそれが愛おしいのです」
「そうか。ようやく違いがわかったぞ。はは、嬉しいな」
これは恋慕であったのだ。きっとそうだった。長い間、ずっとそうだったのだ。僕のこれは幼き日々に得たもの、それが昇華してやっと名を持った。そう思うとあの時もその時も、あれは恋心の端くれだったのではないかと、自分の鈍さに苦笑いをこぼした。
「やっと両想いですね。ここまで頑張ってよかった、本当によかった…やっと長年の想いが実りました」
「苦労かけた。ずっと想ってくれていてありがとう」
「ふふ、嬉しいなぁ。そうだ、ねぇA?お願いがあるんですけど」
「うん?」
僕が首を傾げれば、腹に回っていた手は僕の唇に触れた。既視感を感じる。
「キスしたい」
再度僕は首を傾げる。「キス」とは?と脳内で検索をかけた。魚か?文脈的に違うか。しかしそれ以外のきすを知らない。
「きす?『鱚ではないですよ』じゃあ何なんだそれは」
僕が顔を顰めるとくすりと笑う松陽。髪を耳にかける仕草はとても絵になる。ドキリと鳴る心臓を押さえた。
「説明より実行した方が早いですよ」
なんだか妖しく笑って松陽は頬を撫でた。実行とは、これから何が始まると言うのだろう。いや、きすだろうけど。痛いのかなと少し不安になる。
僕の後ろにいた松陽は前に回って、向き合う体制になる。身長差故に少し見上げる形となり、不安が表情に出ていたのか松陽の目が揺れる。そのまま優しく頬を撫でてくれて強張っていた体を少し解いた。右手は頬を撫で左手は僕の右手と繋がれた。安心材料にはうってつけである。
「目、瞑ってください」
言葉に従って目を瞑る。すると唇に柔らかい感触が伝わり、僕は驚いて目を見開く。
「…これがキス、恋人とする行為ですよ。口吸いや接吻なら聞いたことあるのではないですか?」
脳内検索をかけると見事に見つかり、小説の文章が脳内に繰り返される。
「ぅ…あ…あぁ……」
「A!?大丈夫ですか!?私のせい…?熱っ!し、しっかり!」

後の話によるとキ…接吻の後に僕は過度の羞恥でぶっ倒れていたという。

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作者名:月光 | 作成日時:2018年8月4日 0時

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