レモン味の炭酸ジュース ページ5
あれから、あまり眠れずに次の日になった。
さぼろうかとも思ったけど、部室にAちゃんが来てくれないか、と思った。
がらりとドアを開いたとき、また固まってしまった。
自分の隣の席、さらりとなびく長い髪。
あのメーカーのレモン炭酸ジュース。
もりっちが話しかけている内容に少々困りながら応対する彼女。
俺に気が付くと、パッと笑って手を振る。
「薫さん、昨日はご迷惑をおかけしました!あ、名前を言う前にお別れしちゃったので…いや、知り合いでしたっけ…？
今日から同じクラスになります溢瀬Aです、よろしくお願いしますね」
その笑顔に見おぼえがあった。
＜羽風さん、ですよね？すみませんあまり関わったことがないものですから＞
知らない人に向ける愛想笑いだ。
柔らかく、綺麗なのに底が見えない。
見透かさせてくれないのだ。
「おはよう、羽風!この子が奏汰の言っていた人魚か？のわりには人間に見えるが」
「そりゃそうでしょ、人間だもん」
ぷしゅ、と炭酸を開けた音がした。
その小さな両手でペットボトルを抱え、こくんと飲み干す。
動作一つ一つが、とても愛らしい。
「ちょっとかおくんそこどいてよねぇ、通れないんだけどぉ？」
そのまま俺がどくと、どうやらせなっちに見えていなかったらしく。
Aちゃんを見て目を丸くしていた。
「…はぁ？あんた、誰なわけ」
「溢瀬Aだよ、同じアイドル科だしよろしくね」
…ん？
「なんでせなっちにはタメ口で俺には敬語なの！？」
「なんでと言われましても…昨日の件もありますし…え、逆にいいんですか？」
せなっちのまたこの女好きは…とあきれた声がした。
それを気にも留めずに首をこくこくと振る。
するとふわりと笑って彼女は俺の名を呼んだ。
「…薫くん、これからはこう呼んでいいかな」
その呼び方を久しぶりに彼女から聞いた。
すこし、昔を思い出した。
感傷的な感じで、柄にもなく嫌になる。
しかしそんなムードをぶち壊すもりっちがいるわけで。
「というか二人はどんな関係なんだ？なんか知り合い〜みたいに言っていたからな！」
関係を彼女は覚えていない。
恋人、と伝えてしまうのが一番いいのだろうけど口ごもる。
何故離れたのか、分からないのだから。
「…友達、だよ」
ああ、俺は馬鹿かもしれない。
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作者名：こひな | 作成日時：2019年3月23日 19時
