今年の夏は一度だけ【gr】(有栖川.) ページ16
空調の効きの足りなさを身に余るほど痛感した今年の夏は、どうも蝉がうるさかった。
実家近辺でしか過ごすことのなかった従来とは異なり、山の麓に顕在する学校であるからこその自然は感じられやすい。まあ、聞こえの悪いように言うならば田舎っぽいのだ。
昔ながらの伝統校でもある理由からか、よほどの大人数が集まる講堂でもない限り、部屋のエアコンの働きはイマイチである。若者ゆえの熱波に負け、やたらと暑苦しいゼミを扇子と手持ち扇風機で耐え忍ぶ日常。
地方の国立大学で夏を過ごす羽目となったのは、これが初ではない。
去年は環境を覚えるのが精一杯で、取得単位の雲行きさえ怪しかった。独り暮らしの部屋に新しく友人となった者たちを呼び、眠気に襲われる同志を起こしながら、ノートを見せ合い似たようなレポートを書き上げたという真新しい記憶も残っている。
無事二回生に繰り上がり、比較的涼しげな食堂で見知ったバイトの募集用紙を眺めていれば、横の椅子を引く音が聞こえた。
「集中力を削いだのならすまん、隣失礼するぞ」
「構いませんよ」
昼食を取りにきたのだが空いている席が見当たらん、なんてボヤく男は、私の右隣に食器の乗ったトレイをテーブルに置いてから席に腰掛ける。
出身高校から同じ大学に進んだのは、私を含め二人だけ。進学先を同じくした三年以上前からの顔見知りの姿がそこにあった。
「Aの食事は？」
「もう済ませた。グルッペンは相変わらず食細いんだねえ」
先程の敬語は何処ぞへ消え、同学年の旧友だと認識した脳は砕けた口調で喋る指示を出す。
隣の男──基、グルッペンは高校二年次に生徒会長として立候補した挙句、自己主張が強すぎるあまり周囲に認められず落選した経歴を持つ。一見可哀想な男だが、当人は事実を嬉々として受け入れているところ偉いと思う。
「グルッペンはさ、あんとき生徒会長になれてたら、何がしたかった？」
「全校生徒が教師陣に屈せぬ、優れた教育水準……とでも言やあ、満足か？」
口から放出された声の含まれていない息が、私には態度をデカくして嘲た鼻笑いにしか聞こえなかった。
にたりと笑った顔は見ずとも邪悪なのを知っている。
まあ、と言葉を紡ぎかけたグルッペンを横目で追えば、無邪気な笑みを浮かべていた。
「長らく敗北を喫した程度で済んで、今となると何ら問題はないがな」
どうも負けた言い訳にしか聞こえないと言えば、彼はどんな反応を起こすだろう。
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作者名：ひよこの子
x他8人 | 作者ホームページ：
作成日時：2022年8月6日 18時
