[wrwrd]白に包まる７ (ページ37)

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唖然と、間抜け面と言ったって差支えの無い程の表情をするA。
こんな顔は初めて見たかもしれないな、と、ひとらんらんの脳内の何処かが呑気に言う。

知らないで良かった事を、教えた気分になる。
気恥しさを鉛に変えて、胸の奥に沈めた様に。

「＿＿何てな」

と、ひとらんらんは眼を細めて、両の手をAから離した。

そして、指で頬をする、と撫でた。
凍える程冷えた指がやや火照った頬を撫でれば、その部分だけ指が、感染した様にじんわり熱い。

「揶揄いが過ぎたな、御免」

適当な言葉と共に、眉を下げて口角を上げる。
いつもAはこんな気分をしていたのだろうか、と考える自分が、ひとらんらんは愈々可笑しい。

指をそのまま下へと滑らせて、ひとらんらんは、先程唇を落した場所を、親指で拭ってやった。
刹那を拭って、落書きを消すように。

「気の迷い、って事にでもしといて」

指先が、離れる。
それが、痛い。

唯、ひとらんらんには、彼自身の行動規範があるし、美徳がある。
その範疇で言えば、高潔な人間の生きる道を邪魔してはならないし、他人に意思を強要する事など以ての外だし、更に言えば恋情を執拗に追う事自体、忍ばれるべき事だ。

それは、彼の故郷の価値観も、色濃く残ったものだった。
只それにひとらんらん自身が納得して居た事も、事実である。

之で、満足だ。
只その一瞬、彼女は、Aは、確かにひとらんらんだけを、その目に映していた。

後は、その痕跡を拭ってしまえばいい。
その事実だけを、何れ風化していくであろう記憶に、一秒でも長く刻むだけ。

＿＿虚しい話だ。

「＿＿さっきから、狡過ぎるだろ」

離れたひとらんらんの指先を、白く細い指が追い駆けて、指先だけを絡めた。

Aは、小さくぼそりと、そう呟いた。
心の焦がされたような声をする。

こんな時、寧ろ肝の据わるのは女の方だ。
そしてそんな教訓が適用されるのは、Aの様なのとひとらんらんの様なのが、偶々女と男との性を其々、貰い受けただけの事。

そんな動作とは、人生の中で一度も御近付になった事は無いに違いない。
恐ろしく不器用な動作で、Aは背伸びをして、＿＿

＿＿何が起こるかも判って居ないひとらんらんの無防備な唇の端に、ふわりと柔らかに唇を押し当てる。

今度唖然とするのは、ひとらんらんの方だった。
ひとらんらんよりも随分不格好な物だったが、刹那確かにAは、自らひとらんらんに触れたのだ。