[wrwrd]白に包まる７ (ページ34)

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「何でも無いから」

Aは、いつも話す言葉で、いつも通りの調子で、そう言う。
吊り上がった口角は、何処か空虚だった。

或は、ひとらんらんが自分の言った事を理解できていないのではないか、とAは思ったのかも知れなかった。
故郷を離れて随分になるひとらんらんが、その言語を解せない訳も頷けるから。

袖を、Aは指先からそっと放す。
解放された筈の袖は、寧ろ苦しい。

「外で長話なんてして御免。随分冷えた」

Aはバルコニーの手摺からすっと離れ、室内へと繋がる大窓に手を伸ばす。
引き戸の取っ手に手をかけ＿＿

否、かけようと、した。

背後からすっと伸びてきた腕に、Aの身体は閉じ込められた。
黒手袋を珍しく着用しておらず、白い手が、硝子に一度近く映って、離れていく。

Aの背中からじんわりと、温かな体温が伝わって来る。
旅の移動の間、ずっとそんな体勢をしていた。その癖その意味は全く違う。

＿＿背後から、抱締められていた。

Aの身体を包むように回った腕は逞しい。
背の体温を感じるのは、何度目だろうか。

「【＿＿＿云い逃げってのはねェんじゃねェの？】」

低く、ひとらんらんは囁いた。

Aは耳元の囁き声に、身を一瞬固くする。

「ッ……」

ひとらんらんは確かに今、彼の故郷の言葉で喋った。
詰り、彼は解って居る。

Aの先程の弁明を。

普段言い淀む事の少ないAも今回ばかりは言葉が見つからず、脳内に収められた無数の言葉を刻んだ辞書をひっくり返す様な勢いで開いて、必死に言葉を探して居る。

変な事を言った訳では無いのだから堂々として居ろ、と言われればその通りなのだが、状況が状況で変に動揺してしまう。

「【後、そう言う事は男に軽々しく言うな、って教わらなかった？】」

ひとらんらんとて、故郷の言葉は普段先ず喋らないが、幼少、生まれた時よりずっと親しんできた言語だ、喋ろうとすればすらすらと喋れるものである。

腕の中で珍しく間誤付くAを、ひとらんらんは慈しむ様に見遣って、腕に力を入れる。
Aの思考回路が、強制的な力でピタリと、殆ど止まる程に鈍る。

「【……別に、君はそんな目で見ないだろ？】」

そのあからさまな意味を解らないほど鈍くはない。
Aは、少しは落ち着きを取り戻した声で言う。

が、その態度を見れば一目瞭然だ。
普段は意識さえしないのだろうが、この状況なら話は別だ。

Aは、男を知らない。