五章『名付けの儀式』 ページ20
*
――ごほんっ。
罰が悪そうに、大鵬が大きな咳払いをした。
それから。
「では、仕切り直しだ。……老!」
改めて、大鵬は老師父様を呼んだ。
「ほっほっほ。もちろんですじゃ」
ゆっくりと頷いた老人が、右手を手前に差し出した。
ヒュンッ!
軽く風が回る音。
それが、老人の右手から生み出されたものだと分かった。
だって。
老師父様の手のひらの上にはいつの間にか、小さな緑色の木の葉が一枚。
それが、しわしわの手のひらの上で、くるくる舞い踊る。
そして。
老人は左手で、浮んだ木の葉ごと右手を包んだ。
――ふわっ。
部屋全体に、一瞬だけ。
先ほど老師父様が登場した時とは違う、清涼な風。
どこからともなく流れてきたその風が、そっと私の頬を撫でた。
「ご所望の品ですぞ」
そう言って、閉じた手のひらを開けた老師父様。
そこには。
銀色に輝く扇が一枚。
一尺(*注釈)ほどの長さで、閉じた形のそれを、老人が恭しく掲げた。
「うむ! 間違いないな!」
これが欲しかった! そう笑った大鵬。
がしっと、扇を右手でわし掴んだ。
それから私の方に向き直った大鵬に、今までの無邪気な様子はなくなっていた。
「――A。我はAを花嫁と認めた。故に、我の贈り物を受け取るがよい」
静かに。
厳かに。
威厳と自愛に満ちた空気を纏った彼は、まるで神様みたいな言い方をする。
……それから。あれ、違う――この人は神様だった、と思い出す。
別に忘れていたわけではないけれど、それまでの大鵬があまりにも無邪気で。
目の前にいるこの人は誰なのだろう? ふと思った。
ただ。
少なくとも。……私が花嫁となるべき人がそこにいた。
*
「はい。謹んで、お受けいたします」
私は深く頭を下げた。
そのままの姿勢で、両手を大鵬に向かって差し出した。
「……」
一瞬の間。
(――あれ?)
私、何か間違えたかな……、そう思っていたら。
「この場合、A殿の行動は正しいと思うぞ? いくらお主が対等を望もうと、お主が真名を与えるこの瞬間は、お主がこの娘の主じゃからな」
(……あぁ、そういうことか)
神様らしくふるまっても、大鵬は大鵬なんだな、と思った。
神様は焼きもち焼きと聞いていたけれど。
それだけじゃない。
物凄く頑固で、我儘なのかもしれない。
大鵬は、私が敬語だったのが気に入らないらしい。……そう、呆れた朱姫様の言い方で気がついた。
*注釈*
一尺→だいたい30.3cmほどです。
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一花(プロフ) - Nonさん» (続)しかし、物語にのめり込める……そう仰っていただけ嬉しいです。ありがとうございます。国語力は……常に平均レベルでした(汗) 夢想力は多少あるかもしれません(笑) Nonさんこそ、とても誉め上手です。沢山、嬉しい言葉をくださり、ありがとうございます! (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
一花(プロフ) - Nonさん» ありがとうございます。後編もなるべく楽しんでいただけるよう、精進いたしますね。少し間が空きますが、公開時は宜しくお願い申し上げます! それから、文章……お褒め頂き有ありがとうございます。力があるかは私自身は判断を読者様に委ねるしかできません(続く) (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
一花(プロフ) - 光珂.さん» ありがとうございます! ボード、確認いたしました。本当にありがとうございます! レスさせていただきましたので、またご覧下さると幸いです。本当にありがとうございます! (2014年8月30日 23時) (レス) id: efaaeba1ca (このIDを非表示/違反報告)
Non - どうも、またNonです。後編すごく楽しみにしてます!一花様はほんと文章力が凄くあると思います。国語とかは得意なほうでしょうか?凄く物語にのめり込めるので大好きです!あと、誉めるのもとても上手いですよね! (2014年8月26日 6時) (レス) id: 240a63bd27 (このIDを非表示/違反報告)
光珂.(プロフ) - こんにちは。 前編完結、おめでとうございます! 誤字脱字のチェックをしたのですが、諸事情でボードの方に書かせて頂きました。 お時間のある時に確認お願い致します。 (2014年8月25日 16時) (レス) id: 21af548d66 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:一花 | 作成日時:2014年7月22日 22時